若い頃はアイドルとして数々のヒットを飛ばすと、その後もバラード3部作などで本格的なアーティストとしての地位を確立しつつ、「GOLDFINGER ’99」が大ヒットするなど、長年、第一線で活躍されてきた、郷ひろみ(ごう ひろみ)さんですが、プライベートもまた華やかだったようです。
松田聖子と真剣交際~破局
郷さんが最初に週刊誌を賑わわせたのは、1981年5月、当時、アイドル歌手として絶大な人気を誇っていた、松田聖子さんとの交際報道でした。
お二人は、歌番組での共演が多かったことから、仲良くなり、交際に発展したそうで、やがて、結婚を考えるようになり、田園調布に土地を購入するまでになったのですが・・・
(もともと、聖子さんが郷さんの大ファンだったそうなので、聖子さんからのアプローチだったのかもしれません)
結婚後は芸能界を辞めて家庭に入ってほしい郷さんと、トップアイドルとなった娘を結婚で引退させたくない聖子さんのご両親の間には、交際当初から衝突があったようで、結局、折り合えないまま、破局。
聖子さんは、1985年1月の破局会見で、
今度生まれ変わってきたときは、絶対に一緒になろうね
と、言い合ったと、涙ながらに語っておられます。
涙ながらに会見された松田聖子さん。
松田聖子の名言を否定
ちなみに、この聖子さんの記者会見での言葉は、名言として語り継がれてきたのですが、
後に、郷さんは、
あんなセリフは言っていない。ぼくが生まれ変わって虫だったらどうする気だろう?
と、否定(笑)
ただ、郷さんは、交際報道が出る2ヶ月前の3月には、信頼していた芸能レポーターの鬼沢慶一さんを招いて、
鬼さん・・・、僕は将来を誓い合った人がいる。結婚は4年後、それまで二人で頑張るから・・・
と、明かされていたようなので、真剣交際だったことは間違いないようです。
二谷友里恵と結婚し2人の娘が誕生
そんな郷さんは、聖子さんと破局後、1987年6月には、元女優の二谷友里恵さんと再婚。
郷さんと二谷友里恵さん。
お二人は、1985年9月、六本木のディスコで知り合われたそうですが、なんと、合コンしていた郷さんが、お客さんとして来ていた二谷さんに一目惚れし、合コンそっちのけで二谷さんをナンパして、その場でデートの約束までとりつけられたそうで、
その後、郷さんは、1985年11月から芸能活動を休止し、長期休養のため、渡米されているのですが、その間、着実に二谷さんと愛を育まれていたようで、長期休養明けの1987年6月12日に結婚。
同日、お二人の披露宴「おめでとう郷ひろみ・二谷友里恵結婚披露宴」が大々的ににテレビ中継されたのでした。
結婚披露宴での郷さんと二谷友里恵さん。
そして、結婚後は、一旦、ニューヨークに新居を構えられますが、1989年に日本へ帰国されると、同年には、長女の薫子(ゆきこ)さん、1992年には、次女の新子(わかこ)さんと、2人の娘さんに恵まれたのでした。
二谷友里恵との離婚理由は?
しかし、そんなお二人も、1998年4月には離婚。
郷さんは、同月、二谷さんと離婚に至るまでの経緯を赤裸々に明かした告白本「ダディ」を出版されると、
その中で、
友里恵以外の数人の女性と肉体的な関係を持った
と、自らの浮気が、離婚原因だったことを告白されています。
ちなみに、二谷さんは、2001年、この「ダディ」の出版を受け、著書「楯」を出版されているのですが、
その中では、郷さんについて、浮気のことや思いやりに欠けることなど、随所にチクチクと嫌味を交えつつも、ダメダメな夫ではなく、根っからのスターで、いかに魅力的な人間だということを、ウィットに富んだ表現で綴られています。
「郷ひろみの現在(3人目)の嫁は元プロ野球選手の娘!子供は?」に続く