大学を中退し、アルバイトを転々とするうち、「浅草フランス座」でエレベーターボーイとして働き始めた、ビートたけしさんですが、そこの経営者であり座長でもあった、芸人・深見千三郎さんに気に入られ、いよいよ芸人としての下積みがスタートします。

「ビートたけしが芸人を志したのは浅草フランス座のエレベーター番から!」からの続き

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はじめはタップダンスから

1972年、25歳のとき、「浅草フランス座」でエレベーターボーイとして働き始めたたけしさんですが、ある日のこと、経営者で座長でもあった芸人・深見千三郎さんから、

お前、ただエレベーター番やっていても仕方ないだろ。空いた時間に稽古事できないのか、バカヤロー! タップダンスでもやれ。

と、タップダンスを教えてもらいます。

というのも、当時、エレベーターボーイは、コメディアン志望の若者ということになっていたのだそうです。

ただ、そんなことは知らないたけしさんは、

俺、コメディアンでもないのに、なんでタップ踏まなきゃなんないんだ

と、思いながら、渋々タップダンスの練習をされていたのですが、

ある日のこと、急にオカマ役が風邪で舞台(コント)を休んだことから、

エレベーターの小僧いるか

と、深見さんに呼ばれてメイクを施され、オカマ役で舞台に出演すると、

深見さんに、

お前、うまくねぇな。お笑いなんだから笑わせろよ

と、言われたそうで、

2回目の出番の時には、ハイヒールで女優さんの足を踏んづけたところ、これがお客さんに大ウケ。

この時、

こんなんでいいんだ

と、思われたのだそうです。

深見千三郎に気に入られ「北千太」として前座芸人デビュー

こうしてたけしさんは、深見さんに師事し、タップダンスの修行に励む一方で、前座芸人「北千太」としてコントを学び、幕間コントに出演し、腕を磨いていきます。

すると、座員の多くが深見さんを近づきがたい存在として見ている中、物怖じしなかったたけしさんは、深見さんから気に入られ、

(たけしさんは、深見さんのことを「深見のおとっつぁん」と呼んでいます)

一般の場所であっても、唐突にギャグ(ボケ)を連発し、それをたけしさんが間髪入れずに、即興で深見さんを罵倒するという芸を仕込まれたそうで、

この特異な芸の仕込み方に、たけしさんは、四六時中、深見さんに振り回されることとなるのですが、そのお陰で芸を習得。

舞台ではアドリブを駆使し、言葉の拾い方に斬新さがあったことから、やがて、たけしさんは、他の座員から一目置かれる存在となったのでした。

(それでも、当時、見習いだったたけしさんは、「浅草フランス座」の3畳の屋根裏部屋で寝泊まりしていたそうです)


当時たけしさんが寝泊まりしていたという3畳の屋根裏部屋。(今でも残っているそうです)

つまらない漫才師が高級車に乗る姿を見て芸人を目指す

ところで、たけしさんは、「浅草フランス座」でエレベーターボーイとして働いていたことから、フリーパスをもらっていたそうで、エレベーター番の休憩時間に色々見て回ったそうですが、

おもしろくて笑ったのは、「コント55号」くらいだったそうで、そのほかは、当時、有名だった漫才師も全然おもしろくなかったそうです。

にもかかわらず、その漫才師が高級車に乗って帰るのを見たそうで、

こんなつまんないことで車に乗れるんだから、俺もやろうと…

と、本格的に芸人を目指すことになった理由を明かされています。

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「カーキー」との出会いと別れ

さて、「浅草フランス座」では、たけしさんより少し遅れて、カーキーこと和樹さんが入門してきたそうで、

たけしさんは、芸に対してひたむきだったたカーキーさんを見て、

カーキーとなら新しい笑いが作ることができるかもしれない

と、直感し、二人でコンビ「リズムフレンド」を結成。

二人は、毎日、朝まで笑いについて語り合い、劇場の屋上でコントの練習に明け暮れるなど、一緒に売れようと誓い合うほど、仲が良かったそうです。

しかし、やすきよ(横山やすしさん・西川きよしさん)の上を目指していたたけしさんは、やがて、カーキーさんがアドリブが出来ないなど、自身との実力に大きな差を感じるようになっていきます。

それでも、やっているうちにどうにかなるだろうと練習を続けたものの、やはりどうにもならなかったそうです。

すると、自身でも、たけしさんとの実力の差を痛いほど分かっていたカーキーさんは、やがて、心の病となり入院。コンビは自然消滅してしまったのでした。

そして、その後、いつ頃かは不明ですが、カーキーさんは、建物の2階から飛び降りたそうで、一命は取り留めたものの、お見舞いに来たけしさんに、芸人になる夢を諦めたことを告げたのだそうです。

(たけしさんが、1986年にリリースした楽曲「浅草キッド」「夢はすてたと言わないで」という歌詞は、カーキーさんのことを歌っているそうです)

「ビートたけしのビートきよし(兼子二郎)との出会いは?」に続く

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