歌舞伎の家に生まれ、5人兄弟全員が歌舞伎役者として育った、萬屋錦之介(よろずや きんのすけ)さん。今回は、そんな萬屋さんのご両親と生い立ちについてご紹介します。
「萬屋錦之介の家系図は?弟は中村嘉葎雄ほか兄弟縁戚が凄い!」からの続き
父親は立女形、母親は売れっ子芸妓
萬屋さんのお父さんは、「吉右衛門劇団」の立女形(たておやま)されていた、三代目中村時蔵さんなのですが、
1895年、初代中村時蔵さん(晩年は、三代目中村歌六を襲名)の三男として生まれると、4歳の時、二代目米吉を名乗って初舞台を踏み、1916年、20歳の時には、三代目中村時蔵を襲名。
三代目中村時蔵さん。
そして、1925年、29歳の時、10歳年下の豊田ひなさん(萬屋さんのお母さん)と結婚されたそうです。
(ちなみに、ひなさんは、各界の名士がひいきにする赤坂の売れっ子芸妓だったため、引く手あまたで、若手歌舞伎役者の時蔵さんとの結婚には、周囲から反対の声が上がったそうですが、ひなさんは、時蔵さんからのプロポーズに応じ、結婚されたそうです。)
(左から)茂雄さん(次兄=後の四代目中村時蔵さん)、貴智雄さん(長兄=後の二代目中村歌昇さん)、錦一さん(萬屋さん4歳)、三喜雄さん(三兄=後の初代中村獅童さん)、お父さんの三代目中村時蔵さん、後ろの二人は、妹の諄子さんとお母さんのひなさん。
叔父・初代中村吉右衛門に目をかけられる
そんな両親のもと、萬屋さんは、5男5女の4男(兄3人、姉2人、妹3人、弟1人)として誕生すると、1936年11月、3歳の時、「中村錦之助」として、「巌島招桧扇(いつくしままねくひおうぎ)」で初舞台を踏まれます。
というのも、叔父の初代中村吉右衛門さんが、娘はいたものの、息子がおらず、弟である時蔵さんの男の子4人に初舞台を踏ませたそうで、
中でも四男の萬屋さんには特に目をかけ、子役でも子供扱いせず、同じ役者として鍛えたそうで、その後、萬屋さんは、子役として、吉右衛門さんやお父さんの時蔵さんと数多く同じ舞台に立ったそうです。
初代中村吉右衛門さん。
(吉右衛門さんと時蔵さんは、もともと名門の出ではなかったのですが、吉右衛門さんは一代でその名を大名跡にするほどの名優だったそうで、その甥である萬屋さんは、自ず名門の出ということになり、萬屋さん自身、「自分は名門の子」であるとの意識が幼い頃からあったそうです)
十五代目市村羽左衛門に可愛がられる
こうして、叔父・吉右衛門さんに期待をかけられ、子役として厳しく鍛えられた萬屋さんでしたが、小学校に上がると、吉右衛門さんは、小学校を欠席させてまで、萬屋さんを地方巡業に連れて行かなかったため、
萬屋さんは、東京に残されている間、お母さんが大ファンだった、十五代目市村羽左衛門さんの舞台に子役として出演されると、羽左衛門さんからとても可愛がられたそうで、
十五代目市村羽左衛門さん。
萬屋さんは、自伝「あげ羽の蝶」で、
太郎吉の時、(「実盛物語」で萬屋さんが演じた役)どうしたことかセリフをぜんぜん忘れたことがあり、早速父に連れられておじさんの部屋へ謝りにゆきますと、
「おめえの伯父さん(吉右衛門)だったらきっと怒こられたよ。明日は覚えときな」と、笑いながらサラリと言われたことが、今もなお記憶に残っています。
と、厳しかった吉右衛門さんと違い、失敗を笑って許してくれる、優しかった羽左衛門さんの思い出について綴られています。
十五代目市村羽左衛門との思い出
ちなみに、十五代目市村羽左衛門さんは、にぎやかなことが好きで、部屋にはいろいろな人が出入していたそうですが、
萬屋さんはじめ、子役たちを孫のようにかわいがっていたことから、萬屋さんたち子どもは、そんな羽左衛門さんのことを、「市村のおじさん」と呼んで慕っていたそうで、
萬屋さんは、
おじさんの部屋のにぎやかさは大変なもので、一流の芸者衆がいつもたむろし、部屋に行けばワーッといった派手な空気が発散していて、子供心にも女の人が多いので恥ずかしいぐらいでした。
しかもおじさんの部屋には当時流行ったコリント・ゲームという玉遊びのとても大きなものがあり、これにはうな丼、親子ドンブリとか、いろんな賞品が書いてあり、それが魅力で、慶三さん、男女丸さん(後の大川橋蔵さん)、光伸さん、由次郎さんに、僕といった子供たちが毎日押しかけて遊んだものです。
また、投扇興という扇の遊びもよくやったもので、これをやる者には、角力のシコ名みたいなものがつけられました。
父時蔵は子沢山というところから〝子持山〟、僕がいたずら坊主だったので〝錦獅子〟、僕の世話をしていた男衆小手光造が〝錦の守〟といった調子で、この遊びで僕は、おじさんから「錦坊を大関にしてやんな」と言われ、おかげでカップをもらったことを覚えています。
と、自伝「あげ羽の蝶」で明かされています。
「萬屋錦之介は幼少期から進んで歌舞伎に邁進していた!」に続く
舞台「めぐみの喧嘩」より。(左から)片岡仁左衛門さん、萬屋さん、市川羽左衛門さん。