両親が祖父母の養子(父親が大叔父、母親が従叔母)という特殊な環境で誕生すると、3歳の時には両親が離婚し、今度は、祖父母の養子となって、祖父母と暮らすようになったという、タモリさんですが、

そんな環境のせいか、なんと、4~5歳頃から「偽善」を感じ取っていたそうで、お遊戯がバカバカしく、幼稚園に通うことを拒否していたといいます。

タモリ

「タモリの生い立ちは?両親は大叔父と従叔母で祖父母の養子!家系図は?」からの続き

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タモリは幼少期、大豪邸で育っていた

両親が祖父母の養子(父親が大叔父、母親が従叔母)という特殊な環境で誕生したうえ、3歳の時に両親が離婚し、今度は、祖父母の養子となって祖父母と暮らすようになったというタモリさんは、

西鉄(西日本鉄道)と国鉄(現在のJR九州)筑肥線が交わるところにある高級住宅地・南区高宮の石垣に囲まれた大豪邸で、SLを見ながら育ったといいます。

タモリは幼少期の頃から「偽善」を感じ取っていた

そんな中、4~5歳頃のある日のこと、家におじいさんの友人が訪ねてきて、最近観た映画の話をしていたそうですが、

そのおじいさんの友人が、

クジラにモリを打って血が流れるのを見たとき、映画は確かにゴムのクジラかもしれませんけど、思わず、画面に向かって、両手を合わせました。

と、話したことに対して、

タモリさんは、まだ4~5歳だったにもかかわらず、

偽善だな

と、思ったといいます。

(「偽善」という言葉は知らなかったそうですが、「偽善」を感じたのだそうです)

タモリは幼くしてお遊戯がバカバカしく思え幼稚園に入ることを拒否していた

また、タモリさんは、5歳の時、幼稚園に入ることになったそうですが、事前に、幼稚園がどういうものなのか知っておきたいと思い、入園に先立ち、幼稚園まで20分以上かかる道のりを一人で歩いて確かめにいったといいます。

そして、ようやく幼稚園に辿り着くと、園児たちが童謡「ギンギンギラギラ夕日が沈む」を歌い、また、その歌に合わせてお遊戯をする姿を目の当たりにし、

なんで、あれが楽しいんだ。

なんで、あれをやんなきゃいけないんだ。

と、これぞ「偽善」という光景に、とても恥ずかしく、バカバカしく思えたそうで、

家に帰ると、祖父母に、

幼稚園は絶対に行きたくない

と、言ったそうです。

すると、祖父母には、

なんでだ?

と、聞かれたそうですが、

タモリさんが、

見た。で、こんなことやってた。ぼくはああいうこと、絶対にやりたくない

と、言うと、

なんと、祖父母は、

じゃあ、いいや

ま、いいよ、おまえ、行かなくて

と、言ったそうで、

タモリさんは幼稚園には行かなくて済んだのだそうです。

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タモリは幼少期(4~5歳)が最も精神年齢が高かった?

ただ、その代償として、朝ごはんを食べた後は、することがなく途方に暮れたそうで、

最初は後悔しましたね。今のようにゲームもなければパソコンもない。暇で仕方ない。だから玄関先に座って、道行く人を眺めて過ごしました。

「このふたりの関係はなんだろう?」と想像したり。わからないと後をつけていったこともありました。

と、最初は幼稚園に入らなかったことを後悔するも、当時、住んでいた家が長い坂道の途中にあったことから、玄関を出てすぐの石垣にもたれ、そこから見える町並みや人々の往来をずっと眺めて過ごしたそうで、

タモリさんは、自身の幼少期について、

ぼくの精神年齢がいちばん高かったのは、4歳から5歳にかけて。そんとき、俺はすごかったですね、やっぱり。

4、5歳でピークを迎えたよね。あとはもう惰性ですね、だんだん。絶対に昇ることはないです。

先に老人になってますね。4、5歳のときにはもう、すでに老人だった。

などと、語っています(笑)

「タモリは右目を失明(サングラスの理由)し親友にも裏切られ世の中を恨んでいた!」に続く

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