ブレイクは30代後半と遅咲きながらも、その後、長きに渡って国民的な人気を誇ってきた、お笑い芸人BIG3の一人、タモリさん。今回は、そんなタモリさんの生い立ちをご紹介します。
年齢は?出身は?身長は?
タモリさんは、1945年8月22日生まれ、
福岡県福岡市南区のご出身、
身長161センチ、
血液型はO型、
本名は、
森田一義(もりた かずよし)、
学歴は、
福岡市立西高宮小学校
⇒福岡市立高宮中学校
⇒筑紫丘高等学校
早稲田大学文学部哲学科中退
趣味は、
旅行、ジャズ、手料理、釣り、
ちなみに、中学では陸上部に所属し、短距離走(100m、200m)は学年2位、50メートルのタイムは6秒8という記録をお持ちのほか、中学3年生の時には生徒会副会長を務めるなど、文武両道だったようです。
また、高校2年生の時には、「柳生新陰流兵法居合道」の2段を取得されており、タモリさんが通っていた道場が、福岡のローカル局から取材を受け、タモリさんの練習風景がテレビに映ったことがあったそうです。
本名の由来は?芸名は?
タモリさんの本名は、「森田一義」(もりた かずよし)なのですが、実は、おじいさんが、当時の内閣総理大臣・田中義一(たなか ぎいち)氏を尊敬していたことから、「森田義一」と名付けられる予定だったそうです。
ただ、姓名判断で、「義一」は上の画数と下の画数の落差が大きく、頭でっかちの子どもになる、と言われたことから、この「義一」をひっくり返して「一義」となったのだそうですが、
そのうち「森田」もひっくり返して、「タモリ」となっており、
タモリさんは、
全部がひっくり返った人生なんです。これも何かの縁ですね
と、おっしゃっていました♪
両親が祖父母の養子という特殊な家族関係
そんなタモリさんのルーツですが、まずは、タモリさんの祖父母と両親のお話から。
タモリさんの祖父母は、子どもができなかったため、両方の血を受け継いた子どもを養子に迎えようと計画したそうで、
おばあさんの一番下の弟(=後のタモリさんの実父…おばあさんは12人兄弟の長女だったため、この一番下の弟とは親子ほど年が離れていたそうです)とおじいさんの妹の娘(=後のタモリさんの実母…おじいさんの妹は早くに夫と死別しており、再婚させるためだったそうです)の二人を養子にしたそうですが、
なんと、その後、この二人を結婚させ、タモリさんの姉とタモリさんが誕生したそうで、
タモリさんは、1988年、「徹子の部屋」に出演した際、
中学生程度の学歴では理解できない。高校卒業程度の学力が必要
と、自身の特殊な家系について語っておられます。
幼少期に両親が離婚し祖父母と暮らす
さて、こうして、おばあさんの一番下の弟で、洋服の卸商だった春吉さんと、おじいさんの妹の娘で、スポーツ用品の販売に従事していた富美子さんの間に、終戦の1週間後に福岡県福岡市南区市崎にタモリさんは誕生するのですが、タモリさんが3歳の時には両親が離婚。
(タモリさんによると、お母さんは、お父さんに対して愛情はなかったが、祖父母に対する恩義で結婚したと語っていたそうです)
タモリさんは、3歳年上お姉さんとともに、祖父母(両親の養父母)と暮らすことになるのですが、別居していたお父さんがたまに家に来ると、お父さんに会えたうれしさから、タモリさんがいろいろなことを話すと、
お父さんには、
おまえはよくしゃべるね、うるさいよ
と、言われたそうで、
タモリさんは、後に、そのことについて、
それからおやじが嫌いになった。この男、オレと違うなっていう・・・
と、語っておられました。
「タモリの幼少期が凄すぎる!偽善を感じ幼稚園を拒否していた?」に続く