結婚後は、生活様式から趣味に至るまで、何から何まで、夫の伊丹十三さんに合わせていたという、宮本信子(みやもと のぶこ)さんですが、その一方で、伊丹さんからは女優としての才能を高く評価され、伊丹さんの監督した全ての映画には、宮本さんが主演に起用されています。

「宮本信子の結婚生活は師匠&弟子のようだった!」からの続き

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宮本信子は夫・伊丹十三に女優として高く評価されていた

結婚後は、夫・伊丹十三さんの好みに全てを合わせていたという宮本さんですが、その一方で、伊丹さんは、

いい女優なのに、どうして、いい仕事がこないんだろうね、きみにはね。

と、よく言ってくれていたそうで、

いい仕事ってなかなかないのねー

ないよねー

などと、夫婦で話していたそうです。

(当時、伊丹さんはまだ俳優でした)

「お葬式」は伊丹十三が宮本信子を主演にするために作った映画だった

そのため、宮本さんは、(そもそも、自分が映画で主演できるとは思っていなかったそうですが)結婚した時からずっと、女優として自分を評価してくれる伊丹さんに、1本でいいから、自分を主演にした映画を作ってほしいと思っていたそうですが、

それは伊丹さんも同じだったようで、

妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえばよい。

と、宮本さんを主人公にしたい一心でメガホンを持つと、1981年、初の監督作品「お葬式」の主演に宮本さんを起用したのでした。

(宮本さんにとって、映画に出演すること自体、13年ぶりだったそうです)

ちなみに、夫である伊丹さんの作品で、初めて主演を経験した宮本さんは、

アップで、はじめてスクリーンに映ったんですよ。もう、びっくりしちゃった(笑)。映画の画面って大きいな、と思いました。すごいプレッシャーです。

伊丹さん、私の芝居見ていてちょっと自信持ってないな、というのが分かったんだと思います。だから、私に自信を持たせるために、「東京だョおっ母さん」で踊るシーンの撮影を前倒しにしました。(宮本さんは、日本舞踊が得意だったため)

そう。そのラッシュ(編集が完全でない、未整理のままつないだフィルムをみんなで観ること)を観て、「あ、そうなんだ、これでいいんだわ」と自分で思えました。最初はやっぱり、主演なんてしたことないですからプレッシャーで、自信はないんですよ。

と、その重圧に押しつぶされそうになるも、伊丹さんに助けられたことを明かしています。


「お葬式」より。

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伊丹十三は映画の撮影中、宮本信子に癒やされていた

以降、宮本さんは、伊丹さんの全ての作品で主演に起用されているのですが、映画の撮影中は、「夫婦」ではなく「監督」と「女優」の立場を守りたい宮本さんに対し、伊丹さんは、休憩時間など空いている時間は、宮本さんと過ごしたかったようで、

ある時には、宮本さんが控室で衣裳さんたちと一緒に自分の役作りをしていた時、ガチャッとドアが開き、「もうごはん、食べた?」と、お弁当を持って伊丹さんが入って来たことがあったほか、

ある時には、助監督が伊丹さんを探し回っていたことから、宮本さんが伊丹さんに、

あなたね、スタッフルームにいらしたほうがいいですよ

と、忠告すると、

伊丹さんは、一旦はその言葉に従って部屋を出ていったそうですが、しばらくすると、また、ガチャッとドアが開き、「ちょっと、お茶」と言いながらお茶を持って部屋に入って来て、結局は、一緒にお茶することになったそうで、宮本さんは、スタッフたちの手前、気が休まらなかったそうです(笑)

とはいえ、宮本さんは、

今日こんなふうにお話ししてしまって、伊丹さん、怒るかもしれない。でも、監督の使う神経って、ほんとうにすごいですから。伊丹さんなんか、特にそうでした。

亡くなったから言えることなんですが、そういった意味では、私が現場にいて、少しはよかったのかしらと思います。ピリピリなので、「これはかわいそうだ」という気持ちになっていましたから。

と、語っており、

映画を作るという重圧の中、伊丹さんは宮本さんの存在に癒やされていたようです。

「宮本信子はジャズ歌手としても活動していた!」に続く

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