「拝み屋」にすっかり洗脳され、貯金を崩し、マイホームを売り払いと、言われるがままにお金を出し続けていた、辺見マリ(へんみ まり)さんですが、ついに、洗脳から脱する日がやってきます。
「辺見マリは「拝み屋」のギャンブル代2000万円も負担していた!」からの続き
芸能界に復帰させられる
辺見さんは、「拝み屋」のKやAと出会ってから1年ほど過ぎた頃、「神様が仕事をやめるよう言っている」というお告げがあったからと言われて、芸能界を引退させられ、さらには、Aが修行中に出す食事のせいで20キロも太っていたそうですが、
(KやAには、辺見さんに仕事を辞めさせることで社会から断絶させ、完全に自分たちで囲い込むという目的があったようです)
1991年頃からは、今度は、芸能界復帰のため、ダイエットを強要されたそうです。
ヘアヌード写真集を出版させられる
そして、この頃、辺見さんを「拝み屋」集団に誘ったマネージャーは姿を消し、代わりに、Aの兄がマネージャーとなって、辺見さんの仕事場についてくるようになったそうですが、
お金をつくるため、ウソだらけの自叙伝を出版させられると、1993年には、当時42歳だったにも関わらず、ヌードになることを強いられ、ヘアヌード写真集を出版することに。
ちなみに、完全に洗脳されていた辺見さんも、これには、さすがに覚悟が必要だったそうですが、
今、出さないと芸能界でやっていけない
と、半ば、脅迫されたそうで、
家族に相談すると、当時16歳だった娘の辺見えみりさんは、「ママが決めたことなら」と納得してくれたのだそうです。
ただ、撮影当日の朝、辺見さんが家を出ようとすると、えみりさんは、「行かないで」と泣きながら止めてきたそうで、ヘアヌードは家族を犠牲にしてまでの決断だったそうです。
(えみりさんによると、「素敵なママを撮ってくれるなら」と納得しようとしたそうですが、お金のため、というのがどうしても引っかかり、以降、辺見さんとの間に深い溝ができてしまったのだそうです)
ダイエット教室に生きがいを感じるようになる
その後、辺見さんは、Aの指示でダイエット教室を開くことになると、Aの指示で入会金を100万円に設定したそうですが、予想以上に生徒が集まったそうです。
しかも、辺見さんが教えた通りに実践した人はちゃんと痩せたため、辺見さんは、多くの生徒たちから感謝され、ダイエット教室に生きがいを感じるようになったのだそうです。
また、芸能界に復帰したことや、ダイエット教室を開いたことで、辺見さんは、再び、社会との接点を持つことができたのだそうです。
「拝み屋」が生徒の入会金2000万円を持ち逃げしたことで洗脳から脱する
すると、Aは、辺見さんからこれ以上お金を取れないと思ったのか、生徒から集めた入会金2000万円を持ち逃げしたそうで、
さすがに、辺見さんは、
これまでAに渡したお金は、自分が信じて用意していたが、入会金は自分を信じて生徒たちが用意してくれたお金だった
と、この時、初めて、心の奥底から怒りがこみ上げてきたそうで、ようやく、辺見さんは洗脳から脱出。
(それでも、自分を信じて集まってくれた生徒たちを裏切ることはできず、ダイエット教室は最後までやり遂げたそうです)
ちなみに、辺見さんは、
こんな地獄からどうやって抜け出せたのか、自分でもはっきりとは分かりません。最後の数年間は現実が遠く感じるような、もうろうとした意識の中にいて、死にたいという願望も強くありました。それでも拝み屋のKや次のリーダーAがいなくなったことで徐々に洗脳は弱まったようです。
ある時、またもやお金の要求をされた私は、とうとう警察に相談しました。それまでは、もし今やっていることがバレたら「歌手・辺見マリ」の名前が汚れてしまうと恐れてもいたのです。
ようやく騙されていたと自覚し、徐々に自分を取り戻し始めました。戻ってこれた最大の理由は、そんな時でも家族が私を見放さずにいてくれたからでしょう。父と母、そして息子とえみりにはどれだけ感謝してもしきれません。
と、洗脳から脱することができたのは、家族の支えがあったからだと明かされています。
(とはいえ、洗脳から脱した後も、一度は裏切られたと感じた娘・えみりさんとはすぐに仲良くなることができず、関係修復には相当な時間がかかったそうです)
「拝み屋」の行方はいまだ分かっていない
ところで、「拝み屋」のその後はというと・・・
その後も、Aからは、性懲りもなく「またお金を送ってくれ」と電話がかかってきたことがあったそうで、辺見さんが断ると、Aは、「お金を出さないと不幸になる」と脅してきたそうですが、辺見さんは「ざけんなよ!!」と怒鳴ってAと大ゲンカしたそうです。
ただ、いまだ拝み屋の行方は分かっておらず、事件は解決してはいないとのことでした。
「辺見マリの再婚相手は14歳年下の宝石デザイナー!離婚理由は?」に続く