1982年、映画「蒲田行進曲」で一躍脚光を浴び、テレビドラマ「スチュワーデス物語」でブレイクすると、以来、60年以上に渡り、俳優として活動を続け、実力派俳優としての地位を確立されている、風間杜夫(かざま もりお)さんですが、俳優業のかたわら、落語家としても活動されています。

「風間杜夫は「古畑任三郎」で犯人役をやっていた!」からの続き

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落語家になった理由とは?

風間さんは、1996年、舞台「すててこてこてこ」で落語家を演じたことがきっかけで、本格的に落語に取り組み始めると、翌年の1997年には、立川談春さんの独演会に誘われ、人前で初めて落語を披露しているのですが、

実は、柳家花緑(やなぎや かろく)さんに、

いやー、風間さん、大したものです。お上手です。お見事です

と、褒められたのがきっかけだったそうで、

褒められて悪い気はしませんもので、私も「恐れ入ります」なんて言って聞いていたんですが、そのとき思いましたね、「柳家花緑という男、年は若いがさすがにサラブレッド、人を見る目が違う。褒める人間を間違えていない」とね。

「それじゃあ、やってやろうじゃねえか」と調子に乗り、落語をやっているところがございます

と、落語の中で、落語家になった経緯について明かしています。

(風間さんが言い終わらないうちに、会場はどっと笑いに包まれたそうです)

落語家として定期的に活動

また、落語に魅せられた部分については、

歌舞伎の役者だったら女形ができるんですけど、僕らはできない。まあ、若い頃はオカマの役もやりましたけど(笑)

落語の世界で、色っぽい年増の女将さんやお抱え者みたいなのをやっていると、楽しいんですよ。たとえば、桂文楽師匠で知られる「夢の酒」という噺では、やきもちやきの女房、ご新造(しんぞ)さん、がさつな女中と3人の女性が出てくる。いろんな女性を演じられるのが、おもしろいんです

と、明かしており、

その後も、立川文志さんの落語会「立川文志とその仲間たち」に毎回出演するほか、2003年には、春風亭小朝さん企画の「新宿末廣亭」、2006年には、明治座での「風間杜夫と六人の会」、そして、年に2回程度、自身の落語会と、定期的に高座に上がられています。


落語家として高座に上る風間さん。

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落語にもつかこうへいの教えが生きていた

ちなみに、風間さんの出囃子(でばやし)は、風間さんの代表作である「蒲田行進曲」、持ちネタは「火焔太鼓」「化物使い」「元犬」「居残り佐平次」「夢の酒」などで、これまで、滑稽噺(こっけいばなし)を中心に、12本もの古典落語を披露されているのですが、

舞台、映画、テレビドラマと、忙しい日々の中で、とても俳優業のかたわらとは言えない、落語家としての本気の活動について、

風間さんは、

年に1本ペースで覚えてきたけれど、最近はいままでやった演目をこなれた形にしたいという思いが強くなってきた。覚え方としては、まず噺を飽きるまで繰り返し聞いて、文字に起こします。

志ん生師匠なんて何を言っているかわからないところもあるので、本で補完したりしながら、1冊の台本に仕上げます。それを自分の声で吹き込んで、今度は耳で覚えていくんです

と、その秘訣について明かしています。

また、真打ち顔負けの噺家になったことについては、

つかさんから叩き込まれたのは、「その役者がつまらないのは、そいつが人間としてつまらないからだ」ということでした。つまり、僕がチャーミングじゃなきゃ、僕の落語は受け入れられない。

古典落語のおもしろい噺であっても、おもしろくない人が語ると、おもしろくなくなっちゃうんです

と、語っており、やはり、俳優業同様、つかこうへいさんの影響が大きいようです。

「風間杜夫の妻は?娘は作家の住田未歩!息子は?」に続く

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