満洲では、新京にいる日本人が次々とシベリアに送られる中、止まっている貨車の中から水を求める声が聞こえ、射殺される危険をおして、水を探し、無事届けたという、森繁久彌(もりしげ ひさや)さんですが、今度は、森繁さん自身がシベリアへ連行されそうになったといいます。
「森繁久彌は終戦後の満洲で壮絶な体験をしていた!」からの続き
兵隊4人に突然家に押し入られるもそのうちの1人は顔見知りだった
満洲では、次々に日本人がシベリアに送られる中、森繁さんが務める新京中央放送局でも、放送局長が憲兵に連れて行かれ、続いて、報道課長も連れて行かれ、
その翌日には、森繁さんの子供が、家に帰ってくるなり、
パパ、家のまわりに機関銃があるよ
と、言ったかと思うと、窓から、突然、4人の兵隊が土足のまま飛び込んで来たそうで、
森繁さんがびっくりしていると、蒙古兵2人から自動小銃を突きつけられ、憲兵中尉が森繁さんに向かって何かを叫んだそうです。
すると、もう一人の背広を着たロシア人が、
その場に静かにしなさい。反抗するとあなたは死にます
と、通訳したのだそうです。
(なんと、その通訳は、森繁さんがいつもお菓子を買いに行っていた、駅の近所にあるロシア菓子店「アルメニア」の主人だったそうです)
シベリア連行を告げられる
その後、
菓子屋の主人:あんた、モリシゲ、ね
森繁さん:そうだ
憲兵中尉:(はげしいロシア語)
菓子屋の主人:私たちと一緒に行きます。なぜ行くかわかります、ね
森繁さん:わかりません
憲兵中尉:(ドンドンとテーブルを激しく叩き、ピストルで撃つ真似をしながら早口でしゃべったそうです)
菓子屋の主人:あなた、放送局、みんな調べました。シベリア行きます。裁判あります。 奥さん、寒い用意しなさい。 いますぐ行きます
森繁さん:・・・(森繁さんは血の気が引き、言葉が出なかったそうです)
とのやり取りがあったそうですが、
その間、子供たち3人が、おばあちゃんのところへ寄り添い、父親がどうなるのかと、泣くのも忘れたかのような顔で見ていると、
憲兵中尉は、おもむろに立ち上がり、
子供たちよ、心配しないでいいよ
と、笑顔を見せ、子供たちのいる部屋とこちらの部屋の間のふすまを閉めたのだそうです。
偉い人5人の居場所を教えるよう脅迫される
そして、憲兵中尉は、森繁さんの方を振り向き、大声で何か怒鳴ったそうで、
菓子屋の主人は、
あなたは、かくしますと、ソンです。もし、あなたが、シベリアへ行きたくないなら、五人の人の隠れているところ教えなさい。大丈夫、あなたに心配はかかりません。
憲兵、警察、役人、軍人、あなた知っているえらい人、たくさんあります。その人は、今どこにいます。えらい人は、どこかに隠れてます。五人だけ、家を教えなさい。
あなたは、行かないでいいです。 どうぞ!どうぞ!
と、通訳したそうですが・・・
妻が果敢にも兵隊4人に対応していた
森繁さんが答えに窮して震えていると、なんと、そこに、森繁さんの奥さんが、静かに紅茶を運んできたそうで、おもむろに、みんなの前に紅茶を出すと、静かな口調で菓子屋の主人に、
いつも買いに行くアルメニヤの小父さん、おぼえてますね、私の顔。(主人は、「ダーダ(はい)」と小さな声で返事をしたそうです)
すみませんが、こちらの将校さんに通訳して下さい。わたしは、ソビエトという国は、今日世界の最も進歩的な国だと信じておりました。 ところが、はじめてお目にかかったその国の責任あるこちらの将校の方が、こんなに礼儀を知らないのにびっくりしました。
こうして、土足のまま窓から入って来て、いきなり家族のいるところで無作法なふるまいをなさいますが、これはお国の習慣なんですか?小父さん、訊いて下さい
と、言ったそうで、
どのように通訳されたのかは分からなかったそうですが、憲兵中尉は、紅茶は飲まなかったものの、今度は柔らかい調子で、菓子屋の主人に何か囁(ささや)いたそうで、
菓子屋の主人が、
あのね、奥さん。旦那さん、放送局ね。知ってる人、たくさんありますね。五人教えなさい、悪くしません。水曜日 午前十時ね、義和胡同の憲兵隊本部に来て下さい。
もしね、それがだめな時は仕方ない、シベリア行く用意して来なさい。今日は、これだけね。(森繁さんの方を見て意味あり気に)あなたは損をしないでいいです。家族もあります、助かること第一です。それではね、水曜日、アシタ、アサッテね。会いましょう。 ダスベダニヤ(さよなら)
と、通訳すると、憲兵たちは、薄気味悪い笑いを残して、入って来た窓から、出て行ったのだそうです。
「森繁久彌は満洲では憲兵隊本部の狭い地下室に放り込まれていた!」に続く