2007年7月、小柳ルミ子さんとの婚約が発表され、一躍、注目を浴びるも、実は、この時すでに破局しており、自らリークしたと言われている、石橋正高(いしばし まさたか)さんですが、
それから16年後の2023年、四代目市川猿之助さんの「一家心中事件」で、部屋に遺されていたという遺書に記されていた「愛するM」が石橋正高さんではないかと大きな話題となり、再び、注目を集めました。
今回は、石橋正高さんの、「四代目市川猿之助さんの愛するM」と言われた理由、四代目市川猿之助さんとの特別な関係、「一家心中事件」後の冷淡かつ不可解な言動についてご紹介します。

「石橋正高と小柳ルミ子は婚約破棄していた?馴れ初めと破局理由は?」からの続き
四代目市川猿之助の「一家心中事件」とは?
2023年5月18日、東京都目黒区の歌舞伎役者・四代目市川猿之助さんの自宅で、四代目市川猿之助さん、父親の三代目市川段四郎さん、母親の3人が倒れているのが発見されると、
四代目市川猿之助さんは意識があり、病院に搬送されましたが、両親は死亡が確認されました。
(四代目市川猿之助さんは、2023年5月18日発売の「女性セブン」で、共演者やスタッフへのセクハラ・パワハラ疑惑が報じられており、この報道に大きな精神的打撃を受け、一家心中を図ったとみられました)
歌舞伎俳優として、立役、女方問わず、様々な役を演じるほか、普通の俳優としても、映画「天地明察」、テレビドラマ「超高速!参勤交代」シリーズ、「半沢直樹」、「花戦さ」、NHK大河ドラマ「風林火山」「龍馬伝」などにも出演してい …
石橋正高が四代目市川猿之助の遺書に記されていた「愛するM」?
また、四代目市川猿之助さんが自殺を図った自室内では、
愛するM だいすき 次の世で会おうね
Mを喜熨斗孝彦(四代目市川猿之助さんの本名)の養子にし、遺産の全てを相続する
などと記された直筆の遺書が発見されたのですが、
この「M」について、ジェシーさん(SixTONES)や三宅健さんの名前が挙がる中、石橋正高さんが最も有力だと言われました。
(実際の遺書には名前が書かれていたそうです)
石橋正高と四代目市川猿之助は特別な関係だった
というのも、石橋正高さんと四代目市川猿之助さんは特別な関係だったというのです。
石橋正高は四代目市川猿之助のマネージャー兼俳優だった
石橋正高さんは、四代目市川猿之助さんのマネージャーを務め、俳優としても四代目市川猿之助さんの舞台に出演していました。
(石橋正高さんは、2020年頃、新橋演舞場や明治座で大道具の仕事をして食いつないでいた中、四代目市川猿之助さんと言葉を交わすうちに親しくなると、やがて、食事を共にするようになり、急速に親しくなったという話や、お父さんの石橋正次さんが四代目市川猿之助さんと仕事をしたことがきっかけで知り合ったという話があります)
石橋正高は澤瀉屋関係者の目に余るほど四代目市川猿之助の寵愛を受けていた
石橋正高さんは、「澤瀉屋」関係者の目に余るほど四代目市川猿之助さんに寵愛されていたそうで、
某劇場関係者によると、石橋正高さんは、四代目市川猿之助さんにぴったりとくっついて身の回りの世話をし、地方興行の時などは、ホテルで四代目市川猿之助さんと同じ部屋に泊まるほど、四代目市川猿之助さんの絶対的な信頼を得ていたといいます。
また、別の関係者によると、石橋正高さんは、付き人と言うよりも、四代目市川猿之助さんのお気に入りの存在だったそうで、
2人が親密な関係だったことは、周囲の人たちはみな知っていたといい、本来、石橋正高さんの立場で、四代目市川猿之助さんに口答えするなどは、到底ありえない中、石橋正高さんと四代目市川猿之助さんが人前で口喧嘩をしている姿を目撃したこともあったといいます。
石橋正高は四代目市川猿之助の「一家心中事件」の第一発見者だった
石橋正高さんは、女性マネージャーとともに、四代目市川猿之助さんの「一家心中事件」の第一発見者で、現場から119番通報し、
四代目市川猿之助さんの両親が救急車で搬送された後、現場で泣き崩れていたと言われています。
石橋正高と四代目市川猿之助はSNSでも親密なプライベートを投稿していた
石橋正高さんと四代目市川猿之助さんは、SNSでもプライベートで一緒にいるところを数多く投稿しており、とても親密であることが明らかでした。

四代目市川猿之助さん(左)と石橋正高さん(右)。
また、石橋正高さんのお母さんは、事件直後、「集英社オンライン」の取材に対し、石橋正高さんが四代目市川猿之助さんを兄のように慕っていたことを明かしています。
以上のことから、四代目市川猿之助さんの遺書にあった「M」は、石橋正高(Ishibashi Masataka」さんが最も有力だとされたのでした。
石橋正高は四代目市川猿之助の「一家心中事件」後、冷淡かつ不可解な言動をとっていた
しかし、その後の、石橋正高さんの言動はというと・・・
「猿之助が死のうが関係ない」と発言
事件の第一発見者で、現場で泣き崩れていたとされていた石橋正高さんですが、事件から9日後の2023年5月26日には、週刊文春の記者に、自宅マンションから出てきた女性と深夜に手をつないで歩く姿が目撃され、
「週刊文春」(6月1日発売)によると、同誌の直撃取材に対し、石橋正高さんは、四代目市川猿之助さんの事件について、全財産を相続させる旨の遺書の存在が報じられているにもかかわらず、
何にも関わりない
(猿之助が)死のうが関係ない
まったく悲しくない
などと、冷淡に言い放ったといいます。
偽名を使ったうえ「言葉の暴行だ」と警察を呼ぶ奇行
また、石橋正高さんは、この取材時、別人を装うため、「タカハシ ヨシヒコ」という偽名を使っていたそうですが、途中、記者から逃れるため、警察に電話をし、「タカハシ」ではなく、本名を名乗って電話を切ったそうで、
記者が、
(警察には)Mさんと名乗っていたじゃないですか
と、尋ねると、
偽名ですから
と、答え、
記者が、
なぜ偽名を使うんですか。当事者なのに、おかしくないですか
と、問いただすと、
俺は当事者でも何でもねえし
と、冷淡に言い放ち、
記者が、
Mさんの名前が遺書に書かれている
と、たたみかけると、
どこに?見たの?報道の何が事実なの。俺には全然理解できない
と、反論したそうで、
そんな中、警察が到着すると、
石橋正高さんは、
お巡りさーん!この人たちが僕に暴行するんです。言葉の暴行です
と、言ったといいます。
(取材を続けようとした記者に対し、「取材費100万円払えば偽名で情報をリークする」と提案したとも言われています)
石橋正高に対し歌舞伎界が激怒?
そんな石橋正高さんの一連の言動に対し、歌舞伎関係者は、取材に対し、
私は、Mはいまも病室にいて、傷心の猿之助の手を握って、看病しているものだとばっかり思っていました。今回の報道には、歌舞伎関係者全員がショックを受けています
(Mさんに「次の世でも会おう」と、遺産を相続させる旨の遺書を残していたと報じられた件に対し)それなのに、猿之助のことなんかまるでそっちのけで、ほかの人を引っ張り込んでいたわけでしょう。
これでは、猿之助がかわいそうすぎる。猿之助のことを“金づる”としか思っていなかった様子が、ありありと伝わってきました
猿之助は、Mに10年間にわたり献身してきました。Mに惚れた猿之助が悪いといえばそれまでですけど、Mは、自分を養子にして全財産を相続させるという遺書も見てるわけですよね。それで、よく何もなかったかのような顔をできるもんだなと
と、激怒。
石橋正高さんは、過去に、複数の年上女優(小柳ルミ子さん、杉浦幸さん)との交際歴があるのですが、
週刊文春は、
Mは、年上の女優を口説いては業界内で居場所を見つけていく術に長けていました
との証言を記載しているほか、
四代目市川猿之助さんも恋愛感情を利用されたのではないかと示唆しています。
「石橋正高は結婚している?妻は?子供は?元カノは?父親は石橋正次!」に続く

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2007年には、小柳ルミ子さんとの婚約、2023年には、四代目市川猿之助さんの遺書に記されていた”最愛の人”としてワイドショーを賑わわせた、石橋正高(いしばし まさたか)さん。 そんな石橋正高さんのプライベートはどのよう …








