20歳の時に東映に入社して以来、60年近く俳優として活動し続けている、石倉三郎(いしくら さぶろう)さんは、酒豪で、20歳の頃から浴びるほどお酒を飲んできたそうですが、
60歳の時、風邪のような症状が出たことから病院に行き、血液検査をしたところ、ついに、過剰な飲酒による「痛風」と「糖尿病」と診断されたといいます。
今回は、石倉三郎さんが、「痛風」と「糖尿病」と診断されるまでの経緯、その原因、改善するために実践したこと、現在についてご紹介します。

「石倉三郎と長渕剛は家族ぐるみの交流!出会いは家族ゲームⅡでの共演!」からの続き
石倉三郎は20歳の時から不摂生な生活を送っていた
石倉三郎さんは、20歳ぐらいの頃、
誘いは一切断るな。酒の席には福がある
と、信じていたことから、
(当時、石倉三郎さんは、東映の大部屋俳優となり、任侠映画に端役などで出演していました)
20代前半の頃は、高倉健さんの紹介で東映東京撮影所の大部屋俳優となり、東映の任侠映画にエキストラとして出演していたという、石倉三郎(いしくら さぶろう)さん。 今回は、石倉三郎さんの下積時代(東映の大部屋俳優時代)を高倉 …
若さもあり、毎晩、寝る時間も惜しんでお酒を飲んでいたそうで、ある時、無理がたたったのか、突然、吐血したといいます。
そんな中、石倉三郎さんは、病気の知識がなかったことから、結核かもしれない、死ぬかもしれないと怖くなり、医療機関を受診したそうですが、診断の結果は胃潰瘍だったそうで、
しばらくすると自然に治ったことから、また、連日連夜飲む、不摂生の毎日に戻ったといいます。
石倉三郎は60歳の時に「過剰な飲酒による痛風と糖尿病」と診断されていた
そして、その後も、体調面で特に気になるところはなく、数十年、健康に配慮することもなかったそうですが、
2006年、60歳の夏、風邪気味で病院に行き、血液検査をしたところ、ついに、尿酸値がものすごく高く、入院患者なみの悪い数値であると指摘され、「過剰な飲酒による痛風と糖尿病」と診断されたといいます。
(尿酸値は、7で異常とされるところ、石倉三郎さんは11.4もあったそうです)
ちなみに、石倉三郎さんの場合、痛風の症状として一般的によくある「だるさ」「疲れやすさ」「足先が痛い」をほとんど感じておらず、”発症しない痛風”だったそうですが、
このタイプの痛風は自覚症状がなく、気づいた時にはいきなり慢性腎臓病や腎不全を引き起こし、人工透析になることもあるため、とても危険なのだそうです。
石倉三郎はこのままでは痛風と糖尿病で余命6年と宣告されていた
さておき、医師には、このままだと余命6年と宣告され、
痛風対策として、
- 休肝日を週1~2回設けること
- 毎日歩くこと
と、指示されたそうで、
石倉三郎さんは、病気なんかに負けてたまるかと、毎日1時間~1時間半、両足に1.5キロずつ重りの入ったウォーキングシューズを履いてがむしゃらに歩き、
これまで、連日飲み続けていたお酒も、休肝日を設けるようにしたのだそうです。
また、山ほど処方された薬は一切飲まず、その代わり、水を毎日1.5キロ飲んだのだそうです。
石倉三郎はウォーキングと休肝日設定で痛風と糖尿病を4ヶ月で大幅に改善させていた
すると、それから4ヶ月後には、69キロあった体重は7キロ減となり、尿酸値も糖尿病の数値も一気に改善したそうで、
医師もこの変化には目を丸くして驚いたといいます。
(スボンがゆるくなるなど、サイズダウンしたことから、服を買い替えなければならず、逆にお金がかかってしまったそうです(笑))
石倉三郎が「痛風対策」として実践していることは?
ちなみに、以降、石倉三郎さんは、痛風が再発しないように、
- 2~3ヶ月に1度は血液検査
- 数値が上がると集中的に歩く
- 酒は、痛風のリスクをそれほど高めない焼酎
- 料理を味わう(以前は、おつまみを食べずに飲んでばかりだった)
- 肝臓に良いとされているしじみ汁を毎日飲む
- 基本的に食事は1日1食(食べたい時に食べたいものを食べる)
などを意識しているそうですが、
石倉三郎さんが健康に気をつけているのは、すべて、”おいしいお酒を飲むため”だそうで、
石倉三郎さんは、
酒は、毎晩ビール2~3本に焼酎か日本酒が3~4合。飲むとなったら夕方6時から朝の6時まで飲むから、日本酒を1~2升空けることもありますよ。
今年(2016年)の正月、昼の3時から飲み始めて朝の9時半まで、18時間半も飲んだ。それでも二日酔いにならないから、元気過ぎて自分が怖くなってね。さすがに翌日は断酒したよ。
「60歳すぎたら体にガタがくる」なんていわれているけど、俺は何も変わらないね。69歳なんて戸籍上の年だし、あと何年生きられるか怯えるように年を数えるのも意味がわからない。70歳になって変化があったら、「古希」というやつはやっぱりすごい、とでも言うのかもなあ。
と、語っています。
「石倉三郎の妻は花菱の女将!馴れ初めは?結婚後の夫婦仲は?子供は?」に続く
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