山本陽子の若い頃は田宮二郎や沖田浩之と?現在は熱海?出演ドラマ映画は?

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1963年、「第7期日活ニューフェイス」として芸能界入りし、翌年の1964年には、映画「赤いハンカチ」で女優デビューされた、山本陽子(やまもと ようこ)さん。映画では作品に恵まれませんでしたが、テレビドラマでは、和服の似合う清楚な美女を多く演じられ人気を博すと、プライベートでは、俳優の田宮二郎さんとの不倫や、20歳以上も年下のアイドルだった沖田浩之さんとの交際が話題となりました。




年齢は?出身は?本名は?


山本さんは、1942年3月17日生まれ、
東京府東京市中野区(現在の東京都中野区)のご出身、

身長155センチ、

学歴は、
國學院高等学校卒業、

趣味は、日本画制作、ゴルフ、麻雀、
骨董品収集、韓国ドラマ鑑賞、車の運転、

ちなみに、
山本陽子は本名です。


OLから「第7期日活ニューフェイス」に


山本さんは、高校卒業後、「野村證券」に就職し、
2年以上事務員として働かれていたのですが、


「野村證券」時代の山本さん

同僚が内緒で「日活ニューフェイス」に、
山本さんの応募書類を送ったところ、見事合格。

こうして、山本さんは、1963年、
「第7期日活ニューフェイス」として芸能界入りすると、

翌年の1964年には、
「赤いハンカチ」で映画デビューされたのでした。

テレビにシフトすると高視聴率女優に


そして、その後は、数多くの日活映画に出演されるも、
当時は、吉永小百合さんら「日活三人娘」の最盛期ということもあって、
なかなか作品に恵まれず、

やがて、テレビドラマに活動の場をシフトされると、
清潔感あふれる美女役を多く演じられ、
「高視聴率女優」と呼ばれるまでに。

その後は、次第に演技の幅を広げられ、

1976年「となりの芝生」では、
姑の対立を機に自立していく主婦、

1982年「黒革の手帖」では、
金を横領する悪女を演じられるなど、


「黒革の手帖」より

様々な役を演じ、
演技派女優としての地位を確立されたのでした。


舞台でも活躍


また、1980年には、
舞台「花埋み」で主演を務められると、

以来、テレビドラマと並行して、
文学作品や喜劇など幅広いジャンルの舞台にも数多く出演され、

1994年には、「おはん」の演技が高く評価されて、
「第19回菊田一夫演劇賞」を受賞。(上演回数は400回以上を記録)

2006年には、舞台「いろどり橋」の演技で、
「名古屋演劇ペンクラブ賞」を受賞されています。

ちなみに、山本さんは、舞台での演技について、

(演技に)100%満足したことはない。
演じ終えた後は、まず反省点が頭に浮かぶ。

挑戦した結果として、
課題と次にチャレンジしたいことが見えてくる。
だから50年も続けられているのでは・・・

と、語っておられました。

出演ドラマ映画


それではここで、
山本さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1964年「娘の結婚」
1965年「光る海」
1966年「ゆれる若葉」
1967年「小さな世界」
1968年「娘のゆくえ」
1969年「球形の荒野」

1970年「そこに生命あれば」
1971年「太陽の涙」
1972年「白い影」
1973年「美しき煩悩」
1974年「白い滑走路」


「太陽の涙」より。加藤剛さんと山本さん。

1975年「松本清張シリーズ・事故」
1976年「となりの芝生」
1977年「女がふりむくとき」
1978年「アヒル大合唱」
1979年「不毛地帯」
1980年「逢いたくて」

1981年「沓掛時次郎」
1982年「黒革の手帖」
1983年「不倫の女」
1984年「オレゴンから愛」
1985年「私が拾った女」
1986年「ひとひらの雪」


「黒革の手帖」より。田村正和さんと山本さん。

1987年「お入学」
1988年「鎌倉を旅する女たち」
1989年「母と名乗れない夜」
1990年「虚飾の醜聞」
1991年「忠臣蔵 風の巻・雲の巻」
1992年「切り裂かれた絵」


「虚飾の醜聞」より。山本さんと江守徹さん。

1993年「ドラマ30・娘からの宿題」
1994年「檸通りの人びと」
1995年「とおりゃんせ~深川人情澪通り」
1996年「ランタナの咲くころに」
1997年「京都の芸者弁護士事件簿」

1998年「凄絶!嫁姑戦争 羅刹の家」
1999年「霧の橋の決闘!」
2000年「熱血!周作がゆく」
2001年「夏樹静子サスペンス 断崖 ~死のダイビング~」
2002年「100億の悪女ふたり」
2003年「警部補 佃次郎(17) 妻の立場」


「夏樹静子サスペンス 断崖 ~死のダイビング~」より。
山本さんと水野真紀さん。


2004年「恋する京都」
2005年「新・科捜研の女2」
2007年「京都殺人案内30・音川刑事玄界灘を渡る!
      京都―有田・伊万里―韓国プサン!」

2008年「パズル」
2010年「ミステリー作家・六波羅一輝の推理 白骨の語り部」

2011年「再捜査刑事・片岡悠介2・函館~横浜・同窓会不倫殺人!」
2012年「大崎郁三の事件散歩」
2013年「法医学教室の事件ファイル36・
      すべてが1/2の死体の謎…疑惑の女弁護士VS女医!」

2014年「刑事110キロ 第2シリーズ」
2015年「検事・朝日奈耀子16・医師&検事~2つの顔を持つ女!」
2016年「相棒 season15」


「相棒 season15」より。
(左から)山本さん、水谷豊さん、反町隆史さん。


映画では、

1964年「花と怒濤」
1965年「現代悪党仁義」
1966年「源氏物語」
1967年「大巨獣ガッパ」
1968年「花の恋人たち」


「大巨獣ガッパ」より。山本さんと川地民夫さん。

1969年「ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓」
1970年「盛り場流し唄 新宿の女」
1971年「三人の女 夜の蝶」
1974年「華麗なる一族」
1976年「撃たれる前に撃て!」


「盛り場流し唄 新宿の女」より。
(左から)山本さん、北林早苗さん、小松政夫さん。


1977年「八つ墓村」
1991年「必殺!5 黄金の血」
2011年「デンデラ」
2016年「フローレンスは眠る」
2017年「無限の住人」


「デンデラ」より。(中央左から)山本さん、
浅丘ルリ子さん、倍賞美津子さん、草笛光子さん。


ほか、非常に数多くの作品に出演されています。


結婚は?田宮二郎と不倫?


そんな山本さんの、
気になるプライベートですが、

山本さんは、今まで、
一度も結婚されておらず、独身です。

ただ、若い頃は、「恋多き女性」「魔性の女」
と言われていたそうで、

1973年、31歳の時には、テレビドラマ「白い影」で共演された、
田宮二郎さん(既婚)と不倫関係に。


「白い影」より。山本さんと田宮二郎さん。

当時、山本さんは、田宮さんが購入した、
南麻布の高級マンションに住んでいたようで、

田宮さんは、

山本さんは住んでいない。
彼女のファミリーにお貸ししてるんですよ。

と、否定されていたそうですが、

そんな話を信じるものは誰もおらず、
お二人の仲は、公然の秘密だったそうです。

ちなみに、田宮さんは、
1978年に猟銃で自殺されており、

田宮さんの没後の会見でも、
山本さんは田宮さんとの関係を否定されたため、

お二人がどれくらいの期間、交際されていたかなど、
詳細(もしくは真相)は現在も謎のままです。

沖田浩之とも?


また、山本さんは、テレビドラマ「3年B組金八先生」などに出演し、
アイドルとして活躍されていた、沖田浩之さんとも噂されており、

お二人は、1982年、テレビドラマ「愛を裁けますか」
での共演で知り合われると、山本さんが沖田さんに、
人生観や演技などをアドバイスするうちに親しくなられたようで、


「二度目のさよなら」より。山本さんと沖田浩之さん。

1983年1月には、六本木のクラブでお互い見つめ合いながら、
仲睦まじく飲んでいるお二人の姿が目撃され、

翌年の1984年には、山本さんのマンションに、
沖田さんがお泊りする姿も目撃されています。

当初は、沖田さんは、週刊誌の直撃取材に、

21歳の男が42歳の大女優の恋人なんて、
日本の芸能界史上に残る大スキャンダルですよ。

山本陽子さんのことは好きですよ。
好きだけど恋人なんかじゃない。

(恋愛感情とは)違うというと、山本さんに失礼ですが、やっぱり違う。
山本さんみたいな大女優とウワサになってうれしいだけです。

と、恋人関係を否定され、

山本さんも、同様、

恋人? うれしいわァ、そんな若い子、ハハハ。
男と女の関係があったら意識的に私の家には来ませんよ。

と、恋人関係を否定されていたのですが、

1986年頃になると、
山本さんが、沖田さんの母親から、

うちの息子をいったいどうするつもりなんですか。

と、詰め寄られ、

さらには、作家の宇野千代さんからも、
(山本さんが第二の母と慕っていた)

沖田くんのことどうするの?

と、聞かれたそうで、

山本さんは、

まじめに結婚したいと考えている。

と、答えるようになったようです。

ただ、そんな山本さんとは裏腹に、沖田さんはというと、
新人女優にちょっかいを出している噂もささやかれるようになり、
最終的には、山本さんと沖田さんは破局。

そして、沖田さんは1995年に一般女性と結婚されるも、
1999年に首を吊って自殺されたのでした。

現在は熱海に移住


さて、そんな山本さんも70代後半。

現在は、東京の家を引き払って、
熱海に移住されているのですが、

もともと、熱海には別荘をお持ちで、
休暇のたびに過ごされていた場所だったそうですが、

70歳を過ぎ、自分の時間が欲しくなったことで、
熱海に移住することを決断されたとのこと。

熱海は、温暖な気候と四季折々の自然に囲まれた、
とても素晴らしいところのようで、

そんな環境の中、読書をしたり、お茶をたてたりと、
自由気ままに過ごされているそうです。

とはいっても、芸能界を引退した訳ではなく、
お仕事の時は東京に出向かれているとのことで、
女優としてもまだまだ現役。

これからもお体には気をつけて、
マイペースで末永く頑張ってほしいですね。

応援しています!!



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