1993年、17歳の時、雑誌「Fine」のモデルとして芸能界入りされると、1994年、小室哲哉さんのプロデュースのもと「Let’s Play Winter」でデビューされた、hitomi(ひとみ)さん。1998年頃には、小室さんの元を離れ、セルフプロデュースとなるも、2000年「LOVE 2000」が大ヒットとなり、以降、多くの女性の支持を得て安定した人気を誇っています。

Sponsored Link

年齢は?出身は?身長は?本名は?

hitomiさんは、1976年1月26日生まれ、
神奈川県川崎市のご出身(栃木県生まれ)、

身長167センチ、

血液型はB型、

学歴は、
日本大学生産工学部中退、

趣味は、
ウォーキング、音楽鑑賞、洋服に関すること、

愛読書は、岡本太郎、

愛車は、BMW・Z4、

ちなみに、本名(旧芸名)は、「古谷仁美(ふるや ひとみ)」です。

「Fine」のモデル~タレント

hitomiさんは、幼い頃から、歌手を目指されていたそうで、中学生の頃からオーディションを受け始め、1993年、17歳の時、サーファー向けのファッション雑誌「Fine」のモデルに合格して芸能界入りすると、

CS放送の「スペースシャワーTV」でナビゲーターを務められるなど、本名の古谷仁美(ふるや ひとみ)名義で、タレントとして活動を開始されています。

小室哲哉との出会い

そんな中、あるコンテストに応募したときの履歴書が、たまたま小室哲哉さんのもとに渡ったようで、突然、小室さんから連絡が来ると、

女性3人組のアイドルみたいなグループを作りたい

と、言われたそうですが、

hitomiさんいわく、

ちょっと生意気すぎたのか、自我が強すぎたのか、アイドルに向かなかったっていう・・・

と、その後、アイドルの話は立ち消えとなり、hitomiさんはひとりでデビューされています。

ちなみに、小室さんも、後に、この頃のhitomiさんについて、

すごいヤンチャな子だった

最初に「氷室京介さんが好きです」って言われて、僕の名前が出てこなかった。

「一緒に音楽作っていける?」みたいな感じで。

と、明かされています。

小室ファミリーの一員として

こうしてhitomiさんは、1994年、小室さんのプロデュースのもと、1stシングル「Let’s Play Winter」でデビューすると、2ndシングル「WE ARE “LONELY GIRL”」(1995年2月リリース)とともに、パットしなかったのですが、

1995年4月にリリースした3rdシングル、「CANDY GIRL」がオリコン最高位15位を記録し、39万枚を売り上げる大ヒット、

同年9月リリースの1stアルバム「GO TO THE TOP」がオリコン最高位3位、


GO TO THE TOP

1996年9月リリースの2ndアルバム「by myself」は約80万枚を売り上げる大ヒットとなったのでした。


by myself

小室ファミリーを離れ、セルフプロデュース

その後、1998年頃には、hitomiさんは、小室さんの元を離れ、セルフプロデュースとなるのですが、2000年に、15thシングル「LOVE 2000」が、元マラソン選手の高橋尚子選手により、シドニー五輪(2000年開催)の練習中や試合前に聴いていた曲として紹介されたことから大ヒットするなど、


LOVE 2000

(高橋選手がシドニー五輪で金メダルを獲得し、ますます注目を集めました)

むしろ、2000~2002年に隆盛期を迎え、以降も、hitomiさんは、自分の迷いや弱さなどを隠すことなくさらけ出した歌詞で、女性の共感を呼び、安定した人気を誇っています。

ちなみに、hitomiさんは、後に、雑誌のインタビューで、

小室ファミリーにいれば安泰だと分かっていたけれど、自分自身のジャッジで表現できる道を選びたかった。

と、当時、人気絶頂だった「小室ファミリー」を離れた理由について明かされています。

3回の結婚と2回の離婚歴

そんなhitomiさんの気になるプラベートですが、hitomiさんは、これまで、3回の結婚と2回の離婚歴があります。

まず、最初のご主人は、元ヒップホップグループ「GASBOYS」の上杉圭祐さんで、


「GASBOYS」時代の上杉圭祐さん

hitomiさんが歌手としてデビューする以前から、友人同士だったそうで、2002年に再会されると、意気投合し、同年、結婚。

結婚してから間もなく、hitomiさんは卵巣腫瘍を患い、腫瘍の摘出手術を受けるなど、ご主人とともに乗り越えられるのですが、2007年秋には、突然、離婚されています。

俳優羽田昌義と電撃再婚&離婚

そして、離婚の翌年の2008年6月には、俳優の羽田昌義さんと電撃再婚。

お二人は、2007年の舞台「Waiting for the Sun“天気待ち”」の共演で知り合い、交際に発展したようで、hitomiさんの妊娠を機に結婚となったようです。


羽田昌義さん

その後、hitomiさんは、マタニティ姿を披露したりと幸せ一杯で、同年12月に女の子を出産されるのですが、またもや、2011年12月には、半年の別居期間を経て離婚。

離婚の理由については、家事や育児を手伝ってくれない羽田さんに、hitomiさんが不満を募らせていた、と報道されましたが、

hitomiさんご自身は、

まず、私の元・旦那さんが何もやってないみたいな、伝わりかたをしてますが(子育てなど…)何もしてなかった訳ではないコトを、誤解してとらえてほしくないなと思いました。

そして、お互いに娘を大切に想う気持ちは変わらず、別れても親としての関係は続いていくとゆう話に至りました。子育てだけが原因ではなく、今回の件は二人にしかわからないコトがあります。

と、この報道内容を否定されています。

Sponsored Link

現在の旦那は?子どもは?

そして、2014年5月には、知人の紹介で知り合われた、不動産会社経営の男性と、またまた、できちゃった婚されているのですが、この男性が、現在(2018年)のご主人です。

ちなみに、hitomiさんは、同年11月に男の子を出産されると、2016年にも2人目の男の子を出産されており、

ご主人についても、

人柄的にはとても優しくて頼りになる・・・私の事、娘に対してもしっかり向き合ってくれて、一緒にいるととにかく楽しいそんな方です。

と、のろけられ、

今度こそは、本当に、育児や家事を率先して手伝ってくれる、とても優しい旦那さんのようですね。


現在のご主人とhitomiさん♪

さて、いかがでしたでしょうか?

ありのままの自分をさらけ出した歌詞が多くの女性の支持を得て、今もなお高い人気を誇るhitomiさんですが、やはり、実際に離婚や結婚を繰り返されている、リアル感に説得力があるのでしょうね。

今後も、そんな、自分の主張を曲げない強い生き方をされているhitomiさんからは、目が離せません!!

Sponsored Link