樹木希林の目は?全身ガン?娘は?旦那の内田裕也と離婚しない理由は?


若い頃から老人役をこなされるなど、個性派女優として唯一無二の存在感を放ってきた、樹木希林(きき きりん)さんですが、プライベートもまた、かなり個性的です。

「樹木希林の若い頃は?本名は?旧芸名は?出演ドラマ映画は?」からの続き

Sponsored Link

元旦那は岸田森

樹木さんは、1964年、(悠木千帆として活動されていた時代)、同じ「文学座附属演劇研究所」の第1期生だった、俳優の岸田森(きしだ しん)さんと結婚されると、

仕事を放り出しても一緒にいたい

と、お二人が口をそろえるほどラブラブで、

1966年には、そろって「文学座」を退団し、劇団「六月劇場」を結成。

樹木さんがテレビドラマ「七人の孫」で、すでに人気女優となっていたのに比べて、岸田さんはまだ、無名に近い俳優だったのですが、そんな格差など、ものともしない仲睦まじさで、おしどり夫婦と呼ばれたのでした。


岸田森さんと樹木(当時は悠木千帆)さん。

現在の夫は内田裕也

しかし、そんなお二人も1968年には離婚。

(ちなみに、岸田さんは、その後、怪奇映画や特撮ものに、数多く出演し、個性派俳優として活躍されるのですが、1982年、43歳の若さで他界されています。)

そして、樹木さんは、1973年には、ロック歌手の内田裕也さんと再婚されています。


内田裕也さんと樹木(当時は悠木千帆)さん。

樹木さんは、1970年、テレビドラマ「時間ですよ」で、
当時「ザ・スパイダース」堺正章さんと共演されていたのですが、


「時間ですよ」より。
(左から)堺正章さん、樹木さん、浅田美代子さん。

その撮影現場に、「ザ・スパイダース」のメンバーである、かまやつひろしさんが堺さんを訪ねて来られた際、一緒にいたのが内田さんだったのでした。

内田裕也のDVで別居

樹木さんは、第一印象では、内田さんのことを、

何だか真面目そうな人だな

と思ったそうですが、

結婚後は、毎日のように内田さんに暴力を振われ、結婚1年半で、早くも別居。

内田さんは、一度暴れだすと手がつけられなくなったそうで、樹木さんは、何かあった場合はすぐ来てもらえるように、渋谷警察署に相談されていたほか、暴れる度に家中メチャクチャになったことから、何度も包丁を買いに行かれたそうで、

金物屋さんには、

お宅はどうして、包丁がこんなに壊れるんですか。

と、尋ねられるほどだったそうです。

娘は?別居40年超も離婚しない理由は?

それでも、1976年には、一人娘の内田也哉子さんが誕生し、お二人の仲も丸く収まるかと思われたのですが、

1981年には、内田さんに、勝手に離婚届けを提出されてしまいます。

ただ、樹木さんは離婚を認めず、離婚訴訟となると、勝訴。

以降、婚姻関係を維持しつつ、40年以上に渡って別居生活を続けられており、お二人が会うのは1~2年に1回とのことですが、

そもそも、なぜ、樹木さんは、内田さんとの離婚を拒否されているのでしょうか。

樹木さんは、その理由について、

生活費は1円ももらったことないけど、だからといって別れるのがいいとは限らない。

破天荒さというか破壊性は夫よりも私のほうがある。夫がいることでケンカっ早い私が徐々に徐々に修正された。

1人の人間の存在が「重し」になっている。ありがたいこと。

と、おっしゃていたのですが・・・
やはり、凡人には理解できません(笑)

ただ、

まあ、縁ですから。自分に合った人と出会うわけですから。それに、親がへたばって喜ぶ子供はいないでしょ。

よく、娘は「お母さんは他人だからいい、私は血が繋がってる」って。今回も「お母さんがいてくれてよかった」と言いました。

※今回とは、2011年、内田さんが交際していた女性に復縁を迫り、強要未遂と住居侵入の疑いで逮捕されたこと。

ともおっしゃっており、娘さんの為でもあるとのことで、これなら多少理解できそうです。

ところで、樹木さんを、「目」で多くの方が検索されているようです。

というのも、樹木さんは、2003年に左目を「網膜剥離」で失明したことを、2004年に発売した長嶋茂雄さんとの対談本「人生の知恵袋」で告白されているのです。


人生の知恵袋―ミスターと7人の水先案内人

樹木さんが左目に異変を感じられたのは、2003年1月頃なのですが、その2ヶ月後、朝起きると、突然、何も見えなくなってしまったそうで、

樹木さんは、当時を振り返り、

一瞬、絶望しました、明日死ねるわけじゃない。ずっとこれで生きていくのかと思ったら・・・

それも人生と思いながらも、ことあるごとにため息はついていました。

と、明かされています。

そして、医師から手術を勧められるも、

手術するかどうか迷って、やっぱりやめようと思ったんです。

「よし、私は目1個ぐらいつぶれても、お釣りのくる人生だったな」というふうに思って覚悟を決めたんです。

と、おっしゃっていました。

全身ガン

ただ、樹木さんの不運はこれに留まらず、

2004年には「乳がん」が発覚し、
2005年1月には右乳房の全摘出手術。

しかも、2008年頃には、腸、副腎、脊髄にまで「がん」が転移していることが発覚し、「四次元ピンポイント照射療法」という放射線治療を受けられています。

(※「四次元ピンポイント照射療法」とは、がんに放射線を立体的に当てる、「三次元照射」に、呼吸による位置変化を追跡する時間軸を加えた治療法で、がん細胞だけを狙い撃ちし、正常な細胞を傷つけることが少ないため、体の負担も軽く済むといわれています)

ただ、樹木さんは、この治療について、

抗がん剤治療で苦しむ患者さんを何人も見ました。でも、私の治療法だと、生活の質が全く落ちなかった。だから、とても満足しています。

と、明かされており、

その言葉を証明するかのように、生きている事自体が奇跡的な全身ガンを患いながらも、いまだ、お仕事を続けられています。

Sponsored Link

死因は?

2018年には、出演されていた映画「万引き家族」が、カンヌ国際映画祭の「パルムドール」を受賞し、遠くフランスのカンヌを訪れられるも、さすがに、レッドカーペットではとても辛そうなご様子で、見るに耐えられない状態だった樹木さん。


「第71回カンヌ国際映画祭」より。(左から)樹木さん、是枝裕和監督、
城桧吏くん、リリー・フランキーさん、佐々木みゆちゃん、安藤サクラさん、松岡茉優さん。

すでに、遺影の撮影や身辺整理もされ、娘婿の本木雅弘さんには、

最期は自宅で迎えたい

と、希望を伝えるなど、死の支度をされていましたが、

2018年9月15日、とうとう、75歳で他界。同月30日、東京都港区の光林寺で葬儀が行われました。

死因は明らかにされていませんが、全身ガンに侵されている状態だったので、おそらく、それに伴う、「多臓器不全」と思われます。

どうか今は、痛みのない世界で安らかに眠られていますように。

ご冥福をお祈りいたします。

「樹木希林の若い頃は?本名は?旧芸名は?出演ドラマ映画は?」

Sponsored Link

関連記事

サブコンテンツ

このページの先頭へ