1981年、日活ロマンポルノ「制服処女のいたみ」で主演デビューすると、翌年の1982年には、主演映画「ピンクのカーテン」で、たちまちブレイクした、美保純(みほ じゅん)さん。その後は、日活ロマンポルノや男性雑誌のグラビアで活躍しつつも、一般の映画にも出演されるようになっていきます。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

美保さんは、1960年8月4日生まれ、
静岡県静岡市(現葵区)のご出身、

身長158センチ、

血液型はA型、

学歴は、
静岡精華学園高等学校中退、

趣味は、
旅行、映画鑑賞、ドールコレクション、

特技は、
作詞、アコースティックギター、

ちなみに、本名は、
曽根ちよ美(そね ちよみ)ですが、

芸名の「美保純」の「美保」は、三保の松原から取り、
(名付け親は日活ロマンポルノの監督の渡辺護さん)、

下の名前の「純」は、デビュー当時に、「レイコ」や「ジュンコ」
といった芸名が流行っていたことからジュンコに。

ただ、「ミホジュンコ」だと語呂が悪いので、
「子」の部分を省いて、「美保純」となったのだそうです。

若い頃は?日活ロマンポルノ「制服処女のいたみ」で人気に

美保さんは、もともと、静岡市内にあった西武百貨店に勤めていたのですが、
1980年、20歳のとき、「ディスコクイーンコンテスト」に出場すると、見事優勝。

これをきっかけに芸能界を目指し、上京されると、
広告代理店でアルバイトをしていたところを、
芸能プロダクションを経営していた大曲暎一さんにスカウトされ、

1981年、日活ロマンポルノ制服処女のいたみで、
主演デビューを果たされます。

実は、「制服処女のいたみ」の渡辺護監督によると、
ある日、大曲さんから、

うちに電話番もできないような女の子がいるんだけどさ、見てくんねえか。
何とかしてくれよ、ナベちゃん。女優になれるかな?

と、連絡があり、今の六本木ヒルズがあるあたりの、
喫茶店で会うことになったそうで、

先に着いた渡辺監督は、喫茶店の中で待っていたのですが、
ガラス越しにかっこいいオーラのある女の子が、
こちらに向かって歩いてくるのが見えたそうで、
それが、美保さんだったそうです。

また、渡辺監督は、

羽のついた帽子をかぶってたかな。
こんなふうにかぶって、ひとの顔見て、堂々としているんだよ。
なーにー?って顔で。これが可愛いんだよ。

「何か飲む?」って訊いたら、(ぼそっと)「ジュース」。
(しゃべり方が)面白いんだよ。

それで、おれは(大曲に)「いけるよ」って言うと、
大曲は、「ホントか、ナベちゃん。でも、全然常識ないから」と、
自分じゃ全然マネージャーになるつもりはなかったんだよ。

と、この時点で、すでに大曲さんより、
美保さんの魅力の虜になっていたようで、

(「制服処女のいたみ」は)できそこない映画ですけど、
美保純は可愛かった。魅力的だった。

これがねえ、売れちゃったんだよな、不思議に。
で、日活の映画はね、舞台挨拶するんですよ。
美保純が出たらね、俄然すごいんですよ、お客の反応が。

大曲はそれを見て、これは儲かる!
ってんで積極的にマネージャーに取り組んだんだよ。

と明かされており、

当時の美保さんの破壊力は半端なかったようですね。

(ただ、渡辺さんは、「いつまでピンクやっていても・・・」との考えから、
 美保さんでの二本目は考えなかったそうです)

主演映画「ピンクのカーテン」が大ヒット

そんな美保さんは、翌年の1982年には、

「宇能鴻一郎の濡れて騎る」
「看護婦日記 獣じみた午後」 
「ポルノドキュメント トルコ特急便」 
「セーラー服鑑別所」
「ピンクのカーテン」

と、立て続けに日活ロマンポルノに出演されると、
主演を務めたピンクのカーテンが大ヒットを記録し、

いきなり、「ブルーリボン賞新人賞」「ゴールデン・アロー賞グラフ賞」
「日本アカデミー賞新人俳優賞」
を受賞。

そして、同年の秋には「ピンクのカーテン2」
翌年の1983年には「ピンクのカーテン3」とシリーズ化され、
その人気を不動のものにされたのでした。

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「男はつらいよ」では寅さんファミリーに

また、美保さんは、日活ロマンポルノに出演する一方で、
「隣のお姉さん」的な親しみやすいキャラクターで、
「プレイボーイ」「GORO」など男性向けグラビア誌でも活躍され、

デビューから約1年後には一般映画にも出演するようになると、
山田洋次監督に見初められ、

1984年には、「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」の、
タコ社長こと桂梅太郎(太宰久雄さん)の娘、桂あけみ役に抜擢。

以降、1987年まで、「男はつらいよ」シリーズに出演され、
寅さんファミリーの仲間入りを果たすと、

同年、「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」では、
「日本アカデミー賞助演女優賞」を受賞するなど、
演技派女優としての地位を確立されたのでした。


「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」より。渥美二郎さんと美保さん。

ちなみに、山田監督に抜擢されたのは、
山田監督のとても仲の良い同級生に小学校の先生がおり、
この先生が美保さんの大ファンで、

教え子の作文をまとめた本に、

先生は美保純が好きで、いつも、
美保純、美保純と言いながらブロマイドを見ている。

と、書いてあるのを山田監督が読み、
興味を持たれたのがきっかけだそうです。

「美保純に中村うさぎがポルノ女優のくせに?ふかわりょうが降板の真相を!」に続く

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