1962年、26歳の時、「劇団自由劇場」に入団して以来、主に舞台役者として活動すると、その後は、テレビドラマや映画にも出演し、80代後半に差し掛かる現在もなお活躍を続けている、品川徹(しながわ とおる)さん。今回はそんな品川徹さんの生い立ちと役者を目指した経緯についてご紹介します。

品川徹のプロフィール
品川徹さんは、1935年12月14日生まれ、
北海道旭川市の出身、
身長170センチ、
血液型はB型、
学歴は、
北海道旭川東高等学校(定時制)
⇒舞台芸術学院卒業
趣味は、
映画鑑賞、読書、
ちなみに、「品川徹」は本名です。
品川徹はずっとジム通いをして体を鍛えていた
品川徹さんは、役者を続けるためには健康でいなければ、という思いから、ずっとジム通いをして体作りをしていたそうで、
コロナ禍は、感染を防ぐため、ジムは休んでいたそうですが、その代わりに、ウォーキングをするほか、自宅に簡単な器具を置いて腕立て伏せをしたり、ダンベルを持ってスクワットをしていたそうです。
品川徹は中卒で家具職人として修業していた
そんな品川徹さんは、少年時代は、勉強が嫌いで、学校から帰ると、遊んでばかりしていたそうで、中学卒業後は、高校へは進学せず、家具屋に就職し、職業補導所という所で、カンナのかけ方や刃の研ぎ方、ノコの使い方を教えてもらい、簡単なものを作るなどの修業に励んだそうで、
(品川徹さんが生まれ育った北海道・旭川は木材が豊富だったことから、木工が盛んで、家具屋が多くあったそうです)
それから1年後には、兄弟子が5人いる町工場で働き始め、下駄箱を作るほか、北海道独特の木目模様を出す技法を使ったタンスを作ったりもしたそうですが、やがて、飽きて嫌になり、約2年半ほどで辞めてしまったそうです。
品川徹は定時制高校時代に内弁慶な性格を克服するため演劇部に入部すると演劇に夢中になっていた
その後、もう少し勉強しようと思い直し、定時制の高校に入ったそうですが、幼い頃から、内弁慶でシャイな性格だったことから、人前に出るのが恥ずかしいと思う自分の性格を克服しようと、演劇部に入部すると、
(演劇をやれば自分が変われると思ったそうです)
たちまち、演劇の魅力に取り憑(つ)かれたそうで、役者になりたいと思うようになったのだそうです。
品川徹は高校卒業後、上京して「舞台芸術学院」で演技の基礎を学んでいた
そこで、定時制高校を卒業後は、役者を目指して上京し、「舞台芸術学院」を受験すると、見事合格したそうで、そこで、3年間、演技の基礎を学んだのだそうです。
ちなみに、品川徹さんは、「舞台芸術学院」を受験すると同時に「俳優座養成所」も受験したそうですが、こちらの方は、作文の試験があり、文章を書くことできず、白紙で出してしまったことから、あえなく不合格となってしまったそうで、
品川徹さんは、
僕は小説が好きで、いろんな作家の本を読んでいたから、文章を作るというのは、作家が書くようなきれいで気の利いたものを書かないといけないと思い込んでいたところがあって。
と、語っています。
「品川徹が若い頃は太田省吾らと「劇団転形劇場」を設立していた!」に続く
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「舞台芸術学院」で、3年間、演技の基礎を学んだという、品川徹(しながわ とおる)さんは、「舞台芸術学院」卒業後は、「劇団自由劇場」に入団するも、ほどなくして、解散したことから、その後は、劇団を転々とした後、劇作家の太田省 …








