地道な努力が脚本家の橋田壽賀子さんに認められ、テレビドラマ「おしん」で、おしんを慕う的屋の親分役に抜擢されると、以降、順調に俳優としてのキャリアを積み、「太陽の帝国」や「ブラック・レイン」などハリウッド進出も果たした、ガッツ石松(がっつ いしまつ)さん。
今回は、そんなガッツ石松さんの、芸能界デビューからの出演作品(テレビドラマ、映画)などを画像を交えてご紹介します。

「ガッツ石松の若い頃は橋田壽賀子に「おしん」で大抜擢されていた!」からの続き
ガッツ石松の出演作品(テレビドラマ)
それでは、ここで、ガッツ石松さんの主な出演作品をご紹介しましょう。
テレビドラマでは、
- 1976年「新・二人の事件簿 暁に駆ける」第8話
- 1977年「田舎刑事 時間よ、とまれ」
- 1979年「大都会 PARTIII」第24話
- 1980年「ぼくら野球探偵団」
- 1981年「北の国から」

「北の国から」より。 - 1982年「君は海を見たか」
- 1983年「太陽にほえろ!」第581話
- 1984年「新・大江戸捜査網」
- 1985年「ただいま絶好調!」
- 1986年「はね駒」
- 1987年「セーラー服反逆同盟」

「セーラー服反逆同盟」より。 - 1988年「ラーメン横町・女たちの危険な午後」
- 1989年「春日局」
- 1990年「日本一のカッ飛び男」
- 1993年「並木家の人々」
- 1994年「織田信長」
- 1997年「ウルトラマンティガ」

「ウルトラマンティガ」より。 - 2000年「ラーメン刑事『龍』の殺人推理」
- 2003年「ブラックジャックによろしく」
- 2004年「農家のヨメになりたい」
- 2005年「はるか17」
- 2006年「水戸黄門」

「水戸黄門」より。 - 2008年「風のガーデン」
- 2011年「クリスタル」
- 2012年「孤独のグルメ」
- 2013年「最高の離婚」
- 2014年「獣医さん、事件ですよ」
- 2015年「まれ」

「まれ」より。塚地武雅さん(左)とガッツ石松さん(右)。 - 2018年「鉄神ガンライザー東北ヒーローズ」
ガッツ石松の出演作品(映画)
映画では、
- 1974年「極悪拳法」

「極悪拳法」より。左から2人目がガッツ石松さん。 - 1975年「青春讃歌 暴力学園大革命」
- 1978年「ハワイアン・ラブ 危険なハネムーン」
- 1979年「白昼の死角」
- 1980年「元祖大四畳半大物語」
- 1981年「月光仮面 THE MOON MASK RIDER」
- 1982年「ハイティーン・ブギ」
- 1983年「日本海大海戦 海ゆかば」
- 1985年「刑事物語 くろしおの詩」
- 1986年「時計 Adieu l’Hiver」
- 1987年「塀の中のプレイ・ボール」
- 1988年「太陽の帝国」
- 1989年「ブラック・レイン」

「ブラック・レイン」より。ガッツ石松さん(左)と内田裕也さん(右)。 - 1990年「カンバック」
- 1991年「仔鹿物語」
- 1992年「ミンボーの女」

「ミンボーの女」より。 - 1993年「タケオの夏」
- 1999年「完全なる飼育」
- 2000年「スペーストラベラーズ」
- 2001年「親分はイエス様」

「親分はイエス様」より。 - 2003年「銃声 LAST DROP OF BLOOD」
- 2004年「歌舞伎町案内人」
- 2005年「シベリア超特急5」
- 2006年「WARU」
- 2007年「五重塔」

「五重塔」より。飯田圭織さんとガッツ石松さん。 - 2008年「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」
- 2009年「Blood ブラッド」
- 2010年「学忍」
- 2011年「罪と罰」

「罪と罰」より。 - 2012年「JUDGEMENT」
- 2013年「恐竜を掘ろう」
- 2017年「リベンジgirl」
ほか、数多く出演されています。
ガッツ石松はハリウッド映画「太陽の帝国」で日本兵役として出演していた
ちなみに、ガッツ石松さんは、1987年、スティーブン・スピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」(日中戦争時の中華民国・上海で暮らしていたイギリス人少年の成長を描いた作品)で、日本兵(上官)役を演じられているのですが、
オーディションを受けた際、スピルバーグ監督に、
君はなぜこのオーディションを受けたのですか?
と、聞かれたそうで、
事務所が行けといったから
と、自信たっぷりに答えると、合格となったそうです(笑)

「太陽の帝国」より。ガッツ石松さん(左)とクリスチャン・ベールさん(右)。
ガッツ石松は「全米映画俳優協会最優秀外国人俳優賞」を受賞していた
そんなガッツ石松さんは、この「太陽の帝国」での演技が認められ、見事、「全米映画俳優協会」でアジア人初の「最優秀外国人俳優賞」を受賞されています。
そして、受賞式の前には、受賞のお礼として、貧しい地区の孤児院やジムを訪ね、兄弟が麻薬の売人だったり、母親がアルコール中毒だという子どもたちにボクシングの指導をされると、
受賞式では、カタカナで書かれたカンニングペーパーを読み、
俺はとんでもなく貧乏な生まれで、本当に 彼らと全く変わらない育ちだった。ただ一つ違うのは、母が俺を信じてくれたこと。お前は馬鹿だし、私も貧乏で何もしてやれない。ただ、お前を信じてやることだけはできる、っていつも言ってくれていた。
母さんはもう死んでしまったが、母親が子供を信じてくれるという、母親でなくても誰かが信じてくれている、それだけで、子供は自分を信じて努力して行けるんだ。
だから、君たちが負けそうになったら、友達や家族を思い出してほしい。そして友達や家族が負けそうになっていたら、彼のことを信じて励ましていてほしい。それだけで、何でも出来るようになるんだ。そういうことを彼らに伝えてあげたかった。
と、英語でスピーチされているのですが、
最初は、会場で笑い声が起こるも、次第に静かになり、最後は、観客が全員立ち上がってスタンディング・オベーションとなったそうです。
(この映画は、ガッツ石松さんのほかにも、伊武雅刀さん、片岡孝太郎さん、山田隆夫さんなど、多くの日本人俳優が出演されています)
ガッツ石松はハリウッド映画「ブラック・レイン」では6万円の靴下を履いていた
また、ガッツ石松さんは、1989年には、ハリウッド映画「ブラック・レイン」で、ヤクザ・佐藤浩史(松田優作さん)の子分、片山役を演じられているのですが、

「ブラック・レイン」より。
ハリウッドでの撮影の思い出として、
役でスーツを着ていて、靴下は見えないから自分のでいいやと思っていたら、
スタッフから「あなたはクラスが上のマフィア役。この靴下を履けばその役に成りきれる」と言われ、両足で6万円の靴下を履かせてもらいました。
あんまり変わらなかったけどなぁ(笑)
と、明かしておられます♪
そして、気になる演技ですが、リドリー・スコット監督は、
ガッツ石松は元ボクサーだったという。彼を選んだのはマイク・タイソンに顔が似ているからだが、演技も素晴らしかった。
と、ガッツ石松さんの演技を絶賛されていました。
ガッツ石松の「OK牧場」は監督作品「カンバック」で誕生していた
ところで、ガッツ石松さんは、「カンバック」(1990年)と「罪と罰」(2011年)では、映画監督もされています。
しかも、この2作品では、自ら、企画・脚本・製作・製作総指揮まで務めておられるのですが、
実は、ガッツ石松さんのお馴染みのギャグ「OK牧場」は、このうちの、「カンバック」の撮影の時、誕生したのだそうです。

「カンバック」より。ガッツ石松さんと栗原小巻さん。
というのも、映画「カンバック」を制作するにあたり、大物ハリウッドスターに出てもらおうという話になり、スタッフからは、ロバート・デ・ニーロさん、マーロン・ブランドさん、アル・パチーノさんらの名前が挙がったそうですが、
ガッツ石松さんは、迷わず、子供の頃からの憧れだった、アメリカの西部劇「ララミー牧場」の主人公ジェス役を演じる、ロバート・フラーさんの名前を叫んだそうで、ロバート・フラーさんに出演オファーをすると、ロバート・フラーさんも承諾。
そして、水戸の大洗ロケ現場でクライマックスシーンを撮影されたそうですが、監督として、ロバート・フラーさんの最高の演技を引き出した瞬間、「OK !! 」と言うところ、
目の前にいたフラーさんが、「ララミー牧場」の主人公ジェスと重なり、思わず、
OK牧場 !!
と、叫んでしまったというのです。
以来、何か良いことがあると、「OK牧場 !!」と言うようになったのだそうです♪
(ちなみに、ガッツ石松さんによると、「OK牧場」のほかに、「OK農場」というのもあるそうですが、「OK農場」は「OK牧場」よりもランクが下で、あまり良くない場合に使用するのだそうです)
「ガッツ石松の嫁は梶芽衣子似!娘は鈴木佑季!息子も?」に続く
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極貧の家庭に育つも、見事、ボクシングで世界チャンピオンにまで登りつめ、引退後も、地道な努力を重ね、タレント、俳優として、確固たる地位を築かれた、ガッツ石松(がっつ いしまつ)さん。今回は、そんなガッツさんのご家族について …









































