美空ひばりさんの相手役で、歌舞伎役者から映画俳優に転向した、萬屋錦之介(よろずや きんのすけ)さんですが、プライベートでも、美空さんと恋愛関係にあったそうです。今回は、そんな萬屋さんと美空さんの関係について、関係者の証言を交えてご紹介します。

「萬屋錦之介はテレビ転向後も子連れ狼が大ヒット!」からの続き

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初対面の印象は最悪だった

萬屋さんは、1954年、映画「ひよどり草紙」に、美空ひばりさんの相手役として選ばれ、映画デビューされているのですが、

実は、相手役の候補に萬屋さんが挙がった時点で、萬屋さんの写真をひと目見て気に入っていた美空さんは、共演が決まった数日後には、忙しいスケジュールの合間をぬって、わざわざ、お母さんと一緒に歌舞伎座に萬屋さんを訪ねられています。

ただ、この頃の美空さんは飛ぶ鳥を落とすスターだったため、共演者の、ましてや、映画界入りしたばかりの新人の楽屋を表敬訪問するということは極めて異例のことだったそうで、

それでなくても、当時、美空さんの訪問には、たいていの共演者は恐縮するものなのですが、なんと、萬屋さんはというと、恐縮するどころか、顔を作ることを理由に鏡に向かい、話を途中で切り上げたそうで、

そんな萬屋さんのそっけない態度に、美空さんのお母さんは、帰る途中、美空さんに、「生意気な人だね」と憤ったそうです。

すぐに美空ひばりと打ち解けていた

しかし、いざ、撮影が始まると、萬屋さんはおもしろいことばかり言って美空さんを笑わせたそうで、二人はすぐ打ち解けます。

また、当初、美空さんは、萬屋さんのことを、歌舞伎界出身でお坊ちゃん育ちのナヨナヨしたヤサ男だと思っていたそうですが、仲良くなると、竹を割ったようなスカッとした性格でズバズバと物を言ったり、軽口を叩いたりすることが分かり、時には口喧嘩をすることもあったものの、その飾り気のない天真爛漫な人柄に惹かれていったそうで、

(それは、美空さんのお母さんも同様で、萬屋さんとは話がはずんで楽しく、クランクインして間もなく、美空さんとお母さんは、常宿にしている高級旅館へ、撮影終了後、萬屋さんを呼び、一緒に鍋料理を食べながらお酒を飲み、夜遅くまで歓談するほどの仲になっていたそうです)

美空さんは、もともと警戒心が強く、人見知りの激しい性格だったそうですが、ひとたび、感じが良いと思った人には、気さくに話し、あれやこれやと世話を焼くことが大好きだったそうで、映画界へ入ったばかりで右も左も分からなかった萬屋さんにも、

「ボンボン(萬屋さんのこと)、ここはこうした方がいいわよ」
「さあ、これで額の汗、ふいて」
「ほら、あたしの目をちゃんと見て」
「うん、すてき」

などと、親切心から世話を焼いていたそうです。


「ひよどり草紙」より。萬屋さんと美空ひばりさん。

美空ひばりと相思相愛だった

また、萬屋さんによると、美空さんは、食事中、グラスのウィスキーがなくなりかけると、すぐにオンザロックを作ってくれたり、「何が好き?」と言いながら、食べ物を小皿にとって勧めてくれるなど、至れり尽くせりだったそうですが、

そのくせ、(実際は、美空さんの方が5歳も年下だったのですが)まるで姉さん女房のように、歌舞伎界から単身で映画界へ乗り込んできた萬屋さんにとって、心細さを忘れさせてくれ、心の支えになる存在だったそうで、単に感謝の気持ちからだけではなく、本当に美空さんを好きになっていったそうで、

萬屋さんは、1956年、雑誌で行われた美空さんとの対談では、

萬屋さん:ひばりちゃんは、はじめて会った人から誤解されて、ぶってるとかなんとか云われるだろう?

美空さん:そうらしいわね。

萬屋さん:ぼくがそうだったんだ(笑)
ほら、はじめて歌舞伎座のおやじさん(時蔵)の部屋でひばりちゃんに会ったとき、なんだかぶってるし、ぼくも短気だから「なにおー」と思っちゃった。

それで、白状するとネ、まだ時間があったけれど、「もう、顔をしますから」と云って、顔をこしらえに立ったんだ(笑)

美空さん:こっちはこっちで、「なんてまあ、この人は無愛想なんだろう」と思ったわ(笑)

萬屋さん:ひばりちゃんはいい人だな。つきあうと好きになる。

と、率直におっしゃっています。

その後、美空さんは、萬屋さんを「錦兄」と呼んで兄のように慕い、いつしか二人は、相思相愛の関係になったのだそうです。


萬屋さんと美空ひばりさん。

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美空ひばりの最期まで続いた深い絆

とはいえ、実際に、お二人がどの程度のお付き合いをしていたか詳しいことは不明なのですが、

ある映画関係者は、

(結婚という形で結ばれることがなかったものの)ただ、錦ちゃんは、ひばりの晩年に病床をたびたび見舞ったといいます。2人には男女の色恋を超えた、精神的な結びつきがあったのかもしれません。

プロデューサーの石井ふく子さんも、美空さんの訃報を、女優の岸本加世子さんからの電話で知って、美空さんの自宅に駆けつけると、

美空さんの枕元には、萬屋さんがじっと座って、美空さんを見つめていたそうで、

「お化粧をしてあげてください」と言われて、「私でいいんですか?」と言いましたが、お化粧をさせていただきました。錦之介さんが口紅を塗りました。

と、萬屋さんが、美空さんと特別な関係だったことを明かされています。

また、東映の元会長・高岩さんも、

一緒になることはできなかった。それでも2人の愛情は続き、ひばりさんが晩年、体を悪くした時、錦之介さんは毎日見舞いに行っていました。

長年映画界に生きてきて、男優と女優、監督と女優というものは、時には本当に愛し合うことでいいものが生まれるというのが、正直な実感ですね。

と語っており、お二人の絆は、美空さんの最期まで続いていたようです。

「萬屋錦之介の最初の妻は有馬稲子!離婚理由は?」に続く

美空ひばりさんと萬屋さん。

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