1959年、「愛と希望の街」で映画監督デビューして以来、「青春残酷物語」「太陽の墓場」「愛のコリーダ」「愛の亡霊」「戦場のメリークリスマス」「御法度」ほか数多くの名作を世に送り、国内外から高い評価を受けた、大島渚(おおしま なぎさ)さん。今回は、そんな大島さんの監督・脚本作品ほか、俳優として出演していた作品、著書、受賞・受章歴を画像を交えてご紹介します。

「大島渚の「戦メリ」での揺れるキスシーンは機材トラブルだった!」からの続き

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監督作品(映画)

それでは、ここで、大島さんのデビューからの主な監督作品をご紹介しましょう。

1959年「明日の太陽」
     「愛と希望の街」
1960年「青春残酷物語」
     「太陽の墓場」
     「日本の夜と霧」


「日本の夜と霧」より。

1961年「飼育」
1962年「天草四郎時貞」
1963年「小さな冒険旅行」
1964年「私のベレット」
1965年「悦楽」
     「ユンボギの日記」


「ユンボギの日記」より。

1966年「白昼の通り魔」
1967年「忍者武芸帳」
     「日本春歌考」
     「無理心中 日本の夏」


「白昼の通り魔」より。川口小枝さん。

1968年「絞死刑」
     「帰って来たヨッパライ」
1969年「新宿泥棒日記」
     「少年」
1970年「東京战争戦後秘話」


「絞死刑」より。

1971年「儀式」
1972年「夏の妹」
1976年「愛のコリーダ」
1978年「愛の亡霊」
1983年「戦場のメリークリスマス」
1987年「マックス、モン・アムール」
1999年「御法度」


「御法度」より。浅田忠信さん(左)と松田龍平さん(右)。

監督作品(テレビ)

1963年「忘れられた皇軍」
1964年「青春の碑」
     「娘の結婚 第24回 愛すればこそ」※兼脚本
     「テレビ芸術座 仰げば尊し」
1964~1965年「アジアの曙」兼脚本
1966年「すばらしい世界旅行 南アフリカの旅 黒人国家誕生」※牛山純一と共同監督


「忘れられた皇軍」より。

1969年「毛沢東と文化大革命」
1972年「生きている人間旅行 ごぜ・盲目の女旅芸人」※小笠原清と共同監督
     「巨人軍」※兼出演
1976年「伝記 毛沢東」※兼ナレーション
1991年「キョート・マイ・マザーズ・プレイス」※兼出演
1995年「日本映画の百年」※兼ナレーション


「毛沢東と文化大革命」より。

ほか、数多くの監督をされています。

脚本作品(映画)

また、

1959年「月見草」
     「どんと行こうぜ」※野村芳太郎と共同脚本
1969年「宵闇せまれば」


「宵闇せまれば」より。三留由美子さん。

脚本作品(テレビ)

1960年「殺意」
     「青春の深き渕より」
1961年「鳩を売る少年」
1962年「おかあさん 第2シリーズ」第139話


「鳩を売る少年」より。

1963年「いつか極光の輝く街に」
     「叫び」
     「夫婦百景 第290回「千羽つる」」
1964年「七人の孫 第1シリーズ」第14話
     「家族の幸福」
1966年「松本清張シリーズ 通訳」

など、数多くの脚本も書かれています。

出演作品(映画)

そして、大島さんは、自ら、

1976年「やくざの墓場 くちなしの花」
1988年「ΦIDEA」
1995年「BeRLiN」
2000年「Devolution-小川紳介と生きた人々」
2006年「映画監督って何だ!」
2010年「THE OSHIMA GANG」


「やくざの墓場 くちなしの花」より。

などに、俳優としても出演されています。

受賞・受章歴

そんな大島さんは、

1960年には、「青春の深き渕より」で「芸術祭文部大臣賞」

1961年には、「青春残酷物語」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」で「第11回ブルーリボン賞新人監督賞」


「青春残酷物語」より。川津祐介さんと桑野みゆきさん。

1963年には、「忘れられた皇帝」で「第1回ギャラクシー賞」

1969年には、「絞死刑」で「第42回キネマ旬報賞 脚本賞」「第22回カンヌ国際映画祭監督週間部門出品」

1970年には、「少年」で「カンヌ国際映画祭監督週間部門出品」


「少年」より。

1971年には、「儀式」で「シカゴ国際映画祭コンペティション部門出品」


「儀式」より。

1972年には、「儀式」で「第26回毎日映画コンクール 脚本賞」「第45回キネマ旬報賞 監督賞・脚本賞」「第25回カンヌ国際映画祭監督週間部門出品」、「夏の妹」」で「ヴェネツィア国際映画祭出品」

1976年には、「愛のコリーダ」で「シカゴ国際映画祭審査員特別賞」「英国映画協会サザーランド杯」「第26回カンヌ国際映画祭監督週間部門出品」

1978年には、「愛の亡霊」で「第28回カンヌ国際映画祭監督賞」


「愛の亡霊」より。藤竜也さんと吉行和子さん。

1979年には、「愛の亡霊」で「第2回日本アカデミー賞作品賞、監督賞ノミネート」

1983年には、「戦場のメリークリスマス」で「第36回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品」


「戦場のメリークリスマス」より。デヴィッド・ボウイさん。

1984年には、「戦場のメリークリスマス」で「第7回日本アカデミー賞作品賞、監督賞ノミネート」「第57回キネマ旬報賞読者選出日本映画監督賞」「第38回毎日映画コンクール作品賞、監督賞、脚本賞」

1986年には、「マックス、モン・アムール」で「第39回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品」


「マックス、モン・アムール」より。シャーロット・ランプリングさん。

2000年には、「御法度」で「第53回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品」「サンクトペテルブルク国際映画祭グランプリ」「第23回日本アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞ノミネート」「第42回ブルーリボン賞作品賞、監督賞」

2014年には、「第56回ブルーリボン賞特別賞」「第37回日本アカデミー賞会長特別賞」

など、数々の賞を受賞するほか、

2000年には、「紫綬褒章」

2001年には、「フランス芸術文化勲章オフィシエ章」

を、受章されています。

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著書

また、著書も、

「日本の夜と霧」(1961年、現代思潮社)作品集
「戦後映画・破壊と創造」(1963年、三一書房)
「日本の夜と霧」(1966年、現代思潮社)作品集、増補版
「魔と残酷の発想」(1966年、芳賀書店)
「絞死刑」(1968年、至誠堂)作品集
解体と噴出(1970年、芳賀書店)評論集


解体と噴出

「青春 : 闇を犯しつづける葬儀人に一切の権力を」(1970年、大光社)
「わが日本精神改造計画 : 異郷からの発作的レポート」(1972年、産報)
「青春について」(1975年、読売新聞社)
「体験的戦後映像論」(1975年、朝日新聞社)
同時代作家の発見(1978年、三一書房)


同時代作家の発見

「愛の亡霊」(1978年、三一書房)
「日曜の午後の悲しみ」(1979年)
「愛のコリーダ」(1979年、三一書房)
「女はみずうみ男は舟」(1980年、PHP研究所)
「マイ・コレクション」(1981年、PHP研究所)
「戦場のメリークリスマス」(1983年、思索社)
理屈はいいこういう人間が愚かなんだ(1993年、青春出版社)


理屈はいいこういう人間が愚かなんだ

大島渚 1960(1993年、青土社)
「自分も恋も大切に:女の愛と仕事の相談事典」(1993年、マゼラン出版)
「女たち、もっと素敵に」(1994年、三笠書房)
「戦後50年映画100年」(1995年、風媒社)
私が怒るわけ(1997年、東京新聞出版局)


私が怒るわけ

ぼくの流儀(1999年、淡交社)
失って、得る。脳出血で倒れて「新しい自分」と出会う(2000年、青春出版社)
癒されゆく日々(2000年、日本放送出版協会)
「大島渚 1960」(2001年、「人間の記録」日本図書センター)
「大島渚 1968」(2004年、青土社)


ぼくの流儀

大島渚著作集 1 わが怒り、わが悲しみ(2009年、現代思潮新社)四方田犬彦・平沢剛 編
大島渚著作集 2 敗者は映像をもたず(2009年、現代思潮新社)
大島渚著作集 3 わが映画を解体する(2009年、現代思潮新社)
大島渚著作集 4 敵たちよ、同志たちよ(2009年、現代思潮新社)
わが封殺せしリリシズム(2011年、清流出版)
タケノコごはん」2015年、ポプラ社)(2015年、ポプラ社)挿絵:伊藤秀男、第21回日本絵本賞受賞


わが封殺せしリリシズム

ほか、数多く出版されています。

「大島渚と野坂昭如は公衆の面前で殴り合っていた!」に続く

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