1956年、吉村公三郎監督作品「夜の河」で、自立した京都の女性を清々しく演じて、スターに駆け上がると、以降、「大映」の看板女優として活躍した、山本富士子(やまもと ふじこ)さんですが、1958年には、「松竹」の小津安二郎監督作品「彼岸花」にも出演したといいます。

「山本富士子が若い頃は「夜の河」で大ブレイクしていた!」からの続き

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「松竹」の小津安二郎監督作品「彼岸花」の撮影では「大映」との違いに驚く

山本さんは、1958年、小津安二郎監督作品「彼岸花」で、初めて「松竹」の映画に出演しているのですが、撮影に入る際、「大映」との違いに驚いたといいます。

それは、「大映」では、いきなり、スタジオから撮影を始めていたところ、この「彼岸花」では、まず、最初に、出演俳優とスタッフが全員が集められ、本(脚本)の読み合わせから始まったそうで、

山本さんは、

もう、一同、大変な緊張感の中で、小津先生から、台詞の上げおろし、台詞の切り方、間の取り方など、全員にご指導がありまして、私もドキドキしていましたが、京都弁の役の私は、比較的自由に喋らせていただきました。

小津先生は、京都弁に一寸弱かったんですね。それで、この読み合わせは、私にとりまして、とても新鮮な驚きと、大変勉強をさせていただきました。

そして、後半、テレビや舞台をやるようになりました時に、テレビも舞台も、必ず、読み合わせから入りますので、この時の経験が、とても貴重な勉強になりました。

と、語っています。

小津安二郎監督からは役作りの指導はないもセリフの間などは厳しいダメ出しを受けていた

また、山本さん演じる佐々木幸子は、美人でありながら、お茶目な面やしたたかな面を持ち合わせ、友人の結婚のために一芝居打つといった粋なこともする、とても魅力的な女性という役どころなのですが、役作りについては、小津監督から何も言われなかったそうです。

ただ、小津監督は、俳優おのおのがどのような役作りをしてきたのかを見ていて、この一同が集まった本読みの時には、セリフの間、イントネーションなど、小津監督から厳しくダメ出しをされ、指導があったそうで、俳優には、しっかりと脚本を読み込み、役を把握することが求められているのだと感じたのだそうです。

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「彼岸花」では「夜の河」とは全く異なる京都の女性の役作りをしていた

ちなみに、山本さんは、

私は、この役をいただいてまず思いましたことは、これまでの小津作品の中に余り登場してこなかった、多少、異質な親子の存在を如何に小津先生の世界の中で作風の流れの中ではみ出さずに溶け込んでいけるかということを考えました。そして、それを大切にしなければ、と思いました。

と、語っているのですが、

山本さんは、この「彼岸花」では、「夜の河」で演じた京都の女性とは、同じ京都の女性でも、まったく違う役柄であったことから、違う話し方をしたいと思い、かなり話し方を変えていたそうで、

一般的な京都弁のゆったりとした話し方をやめ、京都弁が持つ、情緒的で柔らかなニュアンスをわざと無くし、その代わり、歯切れとテンポを良くし、若々しく話すことを意識したのだそうです。

(山本さんは、大阪出身で、京都には数年住んでいたことがあるも、あまり京都のことは分からなかったそうですが、京都出身の吉村公三郎監督に、京言葉、京女のことなどをいろいろと教わっていたそうで、映画「夜の河」に出演した際には、このことがとても役に立ったのだそうです)

「山本富士子は昔小津安二郎監督から余計な動きをしないよう指導されていた!」に続く

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