「オフコース」結成10年目の1979年に、17枚目のシングル「さよなら」が大ヒットすると、以降、「Yes-No」「I LOVE YOU」「言葉にできない」「Yes-Yes-Yes」「君が、嘘を、ついた」などが立て続けにヒットした、小田和正(おだ かずまさ)さんですが、1983年には、結成当初からのメンバーの鈴木康博さんが脱退し、1989年には、「オフコース」も解散しています。

「小田和正は「生まれ来る子供たちのために」が本当に歌いたい曲だった!」からの続き

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武道館での連続10日間ライブが成功するも・・・

1979年、17枚目のシングル「さよなら」の大ヒットで、一躍、時代を代表する人気グループとなった「オフコース」は、次第に、ライブの規模も大きくなり、1982年6月15日~30日には、武道館で連続10日間という、当時としては、異例の規模でライブを行い、これを成功させるのですが・・・

(チケット抽選応募葉書は約53万通にも及んだそうです)

1983年8月31日には、結成当初からのメンバーの鈴木康博さんが脱退し、結果的にこのステージが、5人での最後のステージとなります。

鈴木康博の「オフコース」脱退理由とは?

ちなみに、鈴木さんが脱退を決意した理由は、「オフコース」が「さよなら」のヒットで人気を博した後、(当時の)レコード会社「東芝EMI」の意向で、小田さんメインで売り出すことになったからだそうで、そのようなグループの方向性に疑問を感じたからだそうです。

(鈴木さんは、すでに1981年、アルバム「over」が制作された時期に、脱退したい旨を内々に明かしていたそうで、鈴木さんの「オフコース」のメンバーとしての活動は1982年で終了していたそうです)

「オフコース」の解散理由は?

そして、その後、「オフコース」は、小田さん、清水仁さん、大間ジローさん、松尾一彦さんの4人で活動を続けていたのですが・・・

1989年には、「オフコース」自体も、東京ドームでのライブを最後に解散。

小田さんは、「オフコース」の解散理由について、

もちろん、いつまでも仲よくっていうのは理想だけど、おれの持論としては、バンドというのは、いつまでも仲よくできるということはないでしょうと。

だって、音楽だからね。たとえば政治とかなら、まあ、政治に妥協があるという言い方はおかしいかもしれないけれども、いちばんこれが無難というか、そういうものを見つけていくわけだよね。

でも、妥協点を見つけるわけにはいかないのが音楽なんじゃないかな。バンドを長く続けようと思ったら、妥協点を探して活動していくしかない。やっぱり、どこかでみんながはっきり同じ方向を向いていないとね。

と、語っています。

(具体的には、海外進出を望む小田さんと、望まない、松尾さん、清水さん、大間さんとの間に溝が生じ、徐々にグループとしてのまとまりがなくなっていったと言われています)

「オフコース」解散のきっかけは鈴木康博の脱退だった?

ただ、小田さんは、

(鈴木さんの脱退は)それはもう、(出来事が)大きかったどころか、「あいつやめちゃったら、もうできないじゃん」「ああ、これでおれは(音楽を)やめるんだな」と思ったのね。

康(鈴木さん)がいなくなって、音楽ができるっていうイメージはなかったから。「これで終わりだ」って、武道館の十日間で終わっていくんだと思ったよね。なんか、無念な感じ。まあ、青春な感じだったのかな。

と、語っているほか、

メンバーの松尾さんも、

(解散の)一番の理由は鈴木さんが抜けたことだね。小田さんは片腕を失って、オレらではその穴を埋められなかった。

と、明かしており、「オフコース」解散のそもそものきっかけは、鈴木さんの脱退だったようです。

(アルバム「over」に収録されている「言葉にできない」(1981年12月にシングルカット)は、一般的に、男女の愛について歌った楽曲だと思われていますが、実は、小田さんが鈴木さんへの思い(友情)を歌にしたものだそうで、小田さんの鈴木さんへの深い思いが伺えます)

言葉にできない
  作詞・作曲:小田和正
la la la・・・・・・
終わる筈のない愛が途絶えた
いのち尽きてゆくように
ちがう きっとちがう 心が叫んでる
ひとりでは生きてゆけなくて
また誰れかを愛している
こころ 哀しくて 言葉にできない
la la la・・・・・・ 言葉にできない

せつない嘘をついては
いいわけをのみこんで
果たせぬ あの頃の夢は もう消えた
誰れのせいでもない
自分がちいさすぎるから
それが くやしくて 言葉にできない
la la la・・・・・・ 言葉にできない

あなたに会えて ほんとうによかった
嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない
la la la・・・・・・ 言葉にできない


over

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「オフコース」の再結成は?

ちなみに、小田さんは、「オフコース」の再結成については、

それはね、やらないほうがいいでしょう。まず、もうそんな時間は残ってないなっていうことと、そういうことをやるんだったら、以前より上にいかないと、おれにとっては意味がないからね。

(上に行くということは)数字的なことじゃなくてね。うん・・・たぶんね。

と、語っています。

「小田和正は昔「ラブ・ストーリーは突然に」が200万枚超の大ヒット!」に続く

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