広島移籍2年目の1979年、プロ13年目にして初の優勝を経験した、江夏豊(えなつ ゆたか)さんは、日本シリーズでは、あの伝説の「21球」で、見事、広島を日本一に導きます。今回は、この「21球」と、その直前の出来事をご紹介します。

「江夏豊は広島カープでプロ13年目にして初の優勝を経験していた!」からの続き

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味方ブルペンで投球練習が始まりブチ切れそうになっていた

近鉄との日本シリーズ第7戦で、4-3とリードの7回2死1塁で登板すると、このピンチを切り抜け、3番のマニエルから始まる次の8回も3者凡退に抑えるも、

9回、先頭打者の羽田耕一選手に不用意に投げた初球をセンター前ヒットされ、代走の藤瀬史朗選手の盗塁、捕手の水沼四郎選手の送球エラーから無死3塁となり、最終的には敬遠策を取り、一気に逆転サヨナラ負けのピンチとなった江夏さんですが、

このタイミングで、味方(広島)ベンチが、池谷公二郎投手と北別府学投手をブルペンに走らせたそうで、江夏さんは、「この期に及んで、俺以外誰が投げるというのか」と、ブチ切れそうになったそうです。

(ここで誰かにマウンドを譲る屈辱を味わうくらいなら、今ここでユニホームを脱いでやると、頭に血が上ったそうです)

盟友・衣笠祥雄の一言で集中力を取り戻していた

ただ、その時、一塁手の衣笠祥雄さんが駆け寄り、

お前が辞めるんなら、オレも一緒に辞めるから

と、言ってくれたそうで、

この一言で、集中力を取り戻し、打者に集中することが出来たのだそうです。


衣笠祥雄さん(左)と江夏さん(右)。

投球動作の途中でスクイズを見抜きカーブを外角高めに外す

さておき、近鉄は、無死満塁のチャンスで9番の山口哲治投手に代えて、佐々木恭介選手を送ってきたそうですが、集中力を取り戻した江夏さんは、佐々木選手が小細工をしてこないと判断し、初球はカーブでボールから入ると、2球目はストレートでストライク、3球目は内角のストレートでファウルを取らせると、4球目もファウル、5球目を膝元へボールとなるストレートを投げると、6球目は同じコースからボールになるカーブを投げ、空振り三振に取り、まず1死。

そして、次の打者は石渡茂選手だったそうですが、石渡選手は小細工ができるうえ、一死満塁となったことで、まずは同点狙いのスクイズの可能性が高いと、三塁コーチャーの仰木彬さんを見ると、ちょっと顔をこわばらせて目をそらしたことから、スクイズを確信。

ただ、何球目に仕掛けてくるかはわからない中、初球、カーブを投げると、石渡選手は見逃してストライク。その後、一塁を見ると、一塁走者の平野選手は、自分の動きからスクイズを読ませないと、ニヤッと笑ったことから、江夏さんは全神経を打者の石渡選手に集中させることにしたそうです。

すると、次の2球目、江夏さんはカーブを投げたそうですが、石渡選手がテイクバックの途中、一瞬、バットを下げるのが見えたことから、とっさに外角高めにはずすと、石渡選手は飛びつくようにバットを出すも空を切り、本塁に突入してきた三塁走者の藤瀬選手はタッチアウトとなったのでした。


見事、石渡選手のスクイズを阻止した江夏さん。

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9回無死満塁からの脱出劇は「江夏の21球」として語り継がれている

こうして、2死2、3塁のピンチながら、気持ち的に優位に立った江夏さんは、ツーナッシングとした石渡選手を、3球目、ストレートをファウルされるも、最後はカーブで空振り三振に仕留め、見事、広島を日本一に導き、胴上げ投手となったのでした。

ちなみに、この9回に投げた球数は21球だったのですが、ノンフィクションライターの山際淳司さんが、翌年、「江夏の21球」として「スポーツグラフィック Number(ナンバー)」の創刊号を出版し、その後、NHKでもドキュメンタリーが制作され、大きな話題となっているのですが、

江夏さんは、山際さん、「Number(ナンバー)」の初代編集長の岡崎満義さん、NHKの佐藤寿美ディレクターにとても感謝しているそうです。

「江夏豊は日本ハムの大沢啓二監督を父親のように感じていた!」に続く


江夏の21球


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燃えよ左腕 江夏豊という人生(日本経済新聞出版)


日本一となり捕手の水沼四郎さんと抱き合って喜ぶ江夏さん(左)。

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