1993年春、NHK大河ドラマ「花の乱」でテレビドラマデビューすると、その後、木村拓哉さんと共演したフジテレビ系列の月9ドラマ「ロングバケーション」(1996年)、「ラブジェネレーション」(1997年)、「HERO」(2001年)が高視聴率を記録し、一躍、注目を浴びた、松たか子(まつ たかこ)さんは、女優としてキャリアを積むかたわら、歌手活動もしています。

「松たか子は若い頃は木村拓哉との共演で注目を集めていた!」からの続き

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2度目のNHK大河ドラマ「秀吉」で淀君役

月9ドラマ「ロングバケーション」「ラブジェネレーション」「HERO」で、一躍、注目を浴びた松さんは、1996年には、2度目となるNHK大河ドラマ「秀吉」で淀君役に起用されるほか、同年末には、史上最年少で、「第47回NHK紅白歌合戦」の紅組司会者に抜擢されています。


「第47回NHK紅白歌合戦」より。

「親の七光り」のバッシングを乗り越えられた方法とは?

ただ、松さんは、人気が上昇するに従って、「幸四郎(現在の二代目松本白鸚さん)の娘」「親の七光り」などと揶揄(やゆ)され、女性誌などでもバッシング記事がしょっちゅう掲載されており、できるだけ、目にしないようにしていたそうですが、

ついに、ある時、空港の売店で手に取った雑誌に書かれていたバッシング記事を読んでしまうと、さすがにショックを受けたそうです。

それでも、ある日のこと、歌舞伎座で、お父さん(当時・九代目松本幸四郎)とお兄さん(当時・七代目市川染五郎)が「連獅子(れんじし)」を踊るのを観ていると、ふと、

(この人達は、七光りどころじゃない。一方は九代目、もう一方は七代目・・・。八も九も、それ以上の先人達の恩恵を受けて、今ここで勝負をしているんじゃないか)と。私が気にしていることなんて、なんてちっぽけなことなんだろう

と、思ったそうで、以降、「松本幸四郎」の娘を楽しむことができるようになり、バッシングを乗り越えることができたのだそうです。

ファーストシングル「明日、春が来たら」で歌手デビューも果たしていた

そんな松さんは、1997年3月には、ファーストシングル「明日、春が来たら」で歌手デビューも果たしているのですが、この曲は、最高位8位を記録し(最終的には50万枚を売り上げる大ヒット)、同年の「第48回NHK紅白歌合戦」にも歌手として出演。


明日、春が来たら

以降、女優業と並行して、歌手活動も続け、2009年までに、全国ツアー3回、シングル21枚とアルバム12枚を発表しています。

(2009年以降は歌手活動はしておらず、2017年、22枚目のシングル「明日はどこから」のリリースのみとなっています)

小学生の時は松田聖子のファンだった

ちなみに、松さんは、幼稚園の頃から、ピアノを習い、小学生の頃には、歌手の松田聖子さんに憧れるようになったそうですが、いつの頃からか、聖子さんだけではなく、聖子さんの曲にも興味を持つようになったほか、理屈ではないメッセージが込められた、歌詞の一言一言に感動するようになったのだそうです。

作詞家・松本隆に憧れ、自作曲「Clover」では作詞を依頼していた

そんな歌詞のほとんどにクレジットされていたのが、「作詞:松本隆」という文字だったそうで、聖子さんの曲を通し、いつしか、作詞家の松本隆さんに憧れるようになっていき、2002年にリリースした14枚目のシングル「Clover」では、初めて松本さんに作詞をお願いしたそうで(作曲は松さん)、

松さんは、長年、憧れていた人に作詞してもらったことに、

夢にも思っていなかった出来事が、私の目の前に起きた

と、語っています。

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「アナと雪の女王」で歌唱を担当した「レット・イット・ゴー」が反響を呼んでいた

そんな松さんは、2014年には、声優として、ヒロイン・エルサ役を務めたディズニーアニメ「アナと雪の女王」の日本語吹き替え版劇中歌「レット・イット・ゴー」で歌声を披露しているのですが、

フル配信100万ダウンロードを達成するなど、松さんの伸びやかな歌声は人々の心を捉えており、映画の大ヒットにも大きく貢献しています。

「松たか子のデビューからのディスコグラフィーを画像で!」に続く

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