寺島しのぶは若い頃本番中に頭を打ち気を失って倒れていた!


それまで、文学座では、演技の基礎を大切にし、それを積み重ねるような形でやってきていたにもかかわらず、蜷川幸雄さんの舞台「血の婚礼」では「好きなようにやってみろ」と言われ、面食らったという、寺島しのぶ(てらじま しのぶ)さんですが、ほとんど体当たりのようにやっていた中、本番中、勢いあまって水ですべって転んで頭を打ち、脳震盪(のうしんとう)を起こして気を失ってしまったことがあったといいます。

「寺島しのぶは大学時代に蜷川幸雄演出舞台「血の婚礼」に出演していた!」からの続き

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蜷川幸雄演出の舞台「血の婚礼」では「好きなようにやってみろ」と言われ面食らっていた

文学座の研究生の発表会で、劇作家で演出家の清水邦夫さんの作品「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」に出演すると、清水さんが蜷川幸雄さんに推薦してくれ、蜷川さん演出の舞台「血の婚礼」に出演したという寺島さんですが、

(寺島さんは、トランシーバーで交信する自閉症の少年の役)

蜷川さんには、

お前の役なんだから、好きなようにやってみろ

と、言われたそうで、これには本当に驚いたそうです。

というのも、文学座ではそんなふうに言われたことはなく、むしろ逆で、演技の基礎を大切にし、それを積み重ねるような形でやってきていたそうで、蜷川さんの要求には、そのような枠が全くなかったのだそうです。

「血の婚礼」本番中には水ですべって転び、頭を打って気を失って倒れていた

そんな中、寺島さんは、ほとんど体当たりのようにやっていたそうですが、舞台に15トンもの水が雨となって降る、という演出があった際には、本番中、勢いあまって水ですべって転んで頭を打ち、脳震盪(のうしんとう)を起こして気を失ってしまったこともあったのだそうです。

(共演者たちは誰も気づいてくれず、みな、寺島さんが「好きなように」芝居を変えたのだと思っていたのだそうです)

「血の婚礼」に出演し初めてカーテンコールの快感を知る

しかし、基礎も応用も反則も含めて、すべてやったもの勝ちで、下手でもいいからとにかくやってみる、という蜷川さんの舞台は、自分が演じた分だけお客さんの反応が来ることを意味していたそうで、

寺島さんは、この「血の婚礼」に出演したことで、カーテンコールの快感を初めて知ったのだそうです。

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「血の婚礼」以降、徐々に舞台のオファーを受けるようになっていた

そんな寺島さんは、蜷川さん演出の舞台「血の婚礼」に出演したことがきっかけで、徐々に、舞台のオファーを受けるようになっていったそうで、

寺島さんは、そのことについて、著書「体内時計」で、

まだ脇役であったわたしにはステータスなんてあるわけがなく、舞台の上での芝居がすべてだった。だから、実際に舞台を見てもらって、こいつはできる、できないと評価してもらうしかない。

見てもらった人から「こいつは誰だ?」と思ってもらい、次の芝居で使ってもらえるようになったのは、本当にうれしかった。

坂東玉三郎さんは、「鹿鳴館」に出ていたわたしを見て「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の遊女・亀遊役に起用してくれたそうですが、わたしと会うまでは、父(七代目尾上菊五郎)の娘だとは知らなかったという。そうであればなおさらうれしい。

今まで、いろいろ苦しんだり、つらいと思っていたことには、何かご褒美をもらっているような気がした。そのうえ、似通ったような役ではなく、うまい具合に前の芝居の役柄からフッと変われる役がくる。それは、私にとっては、とてもラッキーだった。

と、綴っています。

「寺島しのぶは若い頃に日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞していた!」に続く


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