1歳半の時、お父さんが駆け落ち同然に家を出ると、2歳の時には、両親が離婚したという、香川照之(かがわ てるゆき)さんですが、幼い頃から教育熱心だったお母さんに猛勉強をさせられ、中学校、高校と、常にトップの成績だったといいます。

「香川照之の家系図は?父親は駆け落ち同然で家出していた!」からの続き

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幼少期は母親・浜木綿子の稼ぎで何不自由なく育つ

香川さんは、1歳半の時に、お父さんが駆け落ち同然に家を出ると、2歳の時には、両親が離婚しているのですが、

両親が離婚後は、女優の仕事で稼ぐ母・浜木綿子さんが大黒柱となって、祖父母(お母さんの父母)、伯母(お母さんの姉)家族、叔母(お母さんの妹)が一緒に暮らす家で育てられたそうで、

(女性上位の家族だったそうです)

経済的な苦労はなく、裕福な家庭で何不自由なく育ったそうです。


母親の浜木綿子さんと香川さん。

中学時代は常にトップの成績だった

そんな香川さんは、幼少期から、教育熱心だったお母さんに勉強を教えられ、7歳の時には、キリスト教理念のもとに創立されたという、小中高一貫校「暁星学園」の初等部である暁星小学校に入学し、熱心に勉強したそうで、

中学校進学後も、部活動はせずに勉強に打ち込み、成績は常にトップだったそうです。

母親・浜木綿子は慶大卒だった元夫・三代目市川猿之助より息子の香川照之を良い学校に入れたいという意地があった

そして、暁星中学校をトップの成績で卒業し、高校へ進学すると、高校でも部活動はせず、さらに猛勉強を続けたそうですが、

実は、お母さんには、「自分を捨てた夫(三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)さん)よりいい学校に入れたい」という意地があったそうで、

(三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)さんは慶應義塾大学卒業)

幼い頃から、

父親(三代目市川猿之助)と(駆け落ち相手の)藤間紫さんを超えるように。あの二人よりも大物になってちょうだい。あんなダメ男のようになってはダメ!

と、言われ続けていたのだそうです。

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「勉強さえできればいい」という母親への復讐心から勉強に打ち込んでいた

ただ、香川さんは、著書「市川中車 46歳の新参者」で、

子供時代の不幸は、寂しさや経済的な厳しさではなく「自分が理想とするような人生の答えはこの家にない」と思って育ったことである。傲慢(ごうまん)な思考の中に真実の教えは存在しない。

それが、私が育った家から教えられた唯一の教訓だ。表面的な豊かさに重きを置いていた家族に対し、私は小学生の頃からますます内省的な側面を心の闇に抱く暗い少年へと転化していった

と、綴っており、

某映画関係者も、

香川さんには“外面”だけを気にして感謝の気持ちや愛を教えてくれない〝家の女性たち〟に反発があったようです。いい成績さえとっていれば、見栄えばかりを気にする母親らに何も文句を言われない。勉強に打ち込んだ陰には、彼女たちへの復讐心のようなものがあったのかもしれません

と、語っています。

「香川照之は東大卒業後に母・浜木綿子のつてでADから俳優になっていた!」に続く


市川中車 46歳の新参者

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