中日の監督に就任すると、まず、コーチ陣を招聘して、自らコーチの年俸も決め、球団と交渉したという、落合博満(おちあい ひろみつ)さんは、次に、選手たちの実力を見極め、現有戦力で戦うため、すでに戦力外が通告されていた選手を残留させ、いわゆる補強(外国人選手やFA選手)もしなかったといいます。

「落合博満は監督就任後一番に森繁和にコーチをオファーしていた!」からの続き

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監督就任前に既に何人かの選手が戦力外通告を受けていたが・・・

落合さんは、最初の会見で、

すべての選手にチャンスがある

この1年は補強(外国人選手やFA選手)を凍結し、個々の選手の能力を10%底上げして日本一を獲る

と、宣言しているのですが、

落合さんが監督に就任する前に、数人が戦力外通告を受けており、球団からは、さらに数人を戦力外通告することを告げられていたそうです。

「トレードも戦力外もないから1年頑張れ」と選手に約束していた

しかし、落合さんは、

(それは前の首脳陣が決めたことであって)オレの目には別の野球の形が映ってくるんで、見てから決める

だからそこはもう切らないでくれ

と、訴え、既に戦力外通告されていた選手も呼び戻すと、

選手を全員集め、

このメンバーで1年間戦うから、トレードも戦力外もないから1年頑張れ

と、約束したのだそうです。

(新監督を迎え、自分の序列はどうなるのかと不安を抱いていた選手たちは、胸をなでおろし、士気を高めたそうです)

「10%底上げしたら必ず優勝できる」と選手たちに言っていた

また、落合さんは、選手たちに、普通のことを普通にやっているだけではうまくならないため、練習を徹底させようと、

10%底上げしたら必ず優勝できる

と、宣言したといます。

(10%底上げするとは、100%の中の10%という意味ではなく、精一杯やっているうえでの、さらに上積みの10%なので、選手には倍くらいうまくなった気がするほど、とても大変なことなのだそうです)

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「バント職人」の川相昌弘に直々にオファーしていた

そんな落合さんは、引退もしくは解雇された3名の選手のみ新たに獲得しています。

(これは一般的には補強とは言わないでしょう)

それは、元巨人の同僚で2003年に引退し、翌年から原辰徳監督のもとコーチをするはずだった川相昌弘選手、横浜を解雇されたドミンゴ・グスマン選手、広島を解雇された筒井正也選手です。

ちなみに、川相昌弘氏は、現役時代、通算533本の犠牲バントの記録を持ち、「バント職人」「バントの神様」と称されるほどの活躍をしていたのですが、落合さん本人から直々に誘われたことについて、

求められているものは自分でも分かっていました。スタメンでもないし、代打でバントとか、守備とか、若い選手の手本。

ちょうどその時に、荒木、井端っていうのと、あと森野もいましたから。そういう特に内野陣とかの手本になれるように自分の中で思ってたので。選手としてたくさん出場してどうのこうのって、そういう変な欲はなかったです。

と、語っています。

(川相氏は入団テストを受けて中日に入団しているのですが、それは形だけのもので、入団はすでに決まっていたそうです)

「落合博満は中日監督就任1年目のキャンプ初日に紅白戦を行っていた!」に続く

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