1974年、大学1年生の秋のリーグ戦では、法政大学の7シーズンぶりの優勝に大きく貢献した、江川卓(えがわ すぐる)さんですが、大学2年生の春のリーグ戦では、8勝3敗と活躍するも、明治大学戦で2敗し、優勝を逃しています。

法政大学時代の江川卓

「江川卓は法政大を7シーズンぶりの優勝に導いていた!」からの続き

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大学2年生の春のリーグ戦では東大1回戦で完封、早稲田1回戦と3回戦で完投

1974年、大学1年生の秋のリーグ戦で、法政大学の7シーズンぶりの優勝に大きく貢献した江川さんは、1975年、大学2年生の春のリーグ戦でも、東京大学との1回戦で4安打完封(16対0で法政が勝利)すると、

(続く東大との2回戦でも、法政は4対1で東大を下し、秋季連覇に向けて好スタートを切ります)

早稲田大学との1回戦でも完投(3対1で法政が勝利)、

(続く早稲田との2回戦では、法政は早稲田大学の佐藤清選手の満塁ホームランによる大量点などで敗れ、1勝1敗のタイに持ち込まれます)

早稲田大学との3回戦でも完投(3対1で法政が勝利)します。

明治大学2回戦では延長10回に勝ち越しタイムリーを打たれ3対2で逆転負け

しかし、江川さんは、勝ち点2で並んだ明治大学戦では、2回表、明治の安岡直記選手、岩崎毅選手のタイムリーで2点を先制されるも、味方(法政)打線が明治の先発・丸山投手から4回と6回にそれぞれ1点ずつを返して2対2の同点となり、その後は、江川さんと丸山投手の投手戦となり、試合は2対2の同点のまま延長線に突入するのですが、

延長10回表、江川さんは、明治の川口啓太選手に二塁打を打たれると、続く小林千春選手にも勝ち越しのタイムリーを打たれて3対2と逆転され、(その裏は丸山投手に抑えられ)明治に3対2で敗れてしまいます。

(明治大学の島岡監督は「打倒・江川」に凄まじい執念を見せていたそうで、実際、明治は、江川さんに10安打を浴びせており、見事、江川さん攻略に成功したのでした)

明治大学2回戦では8対2で圧勝

それでも、雨で1日順延された後に行われた明治との2回戦では、江川さんが先発して5イニング投げ、6回以降は2番手の中林千年投手が継投すると、法政打線が明治の名取投手を攻め、8対2で圧勝。

こうして、明治大学と1勝1敗のタイになったのですが、ここで雨と交通ストライキの影響などで、3回戦は順延され、早稲田対明治カードが終わった後に、法政と明治との3回戦が行われることとなります。

(明治は早稲田を破って勝ち点3となっていました)

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大学2年生の春リーグも8勝3敗と大活躍も明治戦で2敗し優勝を逃していた

しかし、迎えた明治との3回戦では、江川さんは、明治に立ち上がりから攻められ、川口選手のタイムリーなどで初回に3点を先制されると、5回裏には法政が反撃して2点を返すも、明治がここで先発の丸山投手から名取投手へ交代し、その後は、名取投手により法政の反撃が断ち切られて、結果、法政は4対2で明治に負け、優勝を逃したのでした。

(その後、明治は最終カードの東大戦に連勝して優勝を果たし、法政は勝ち点4の2位。ちなみに、江川さんは、この年(1975年)、春リーグも8勝3敗と大活躍だったのですが、3敗のうち2敗が明治戦で、江川さんは、「打倒・江川」を掲げていた明治の島岡監督の執念に負けた形となっています)

「江川卓は法政大2年の秋は登板過多で右肩疲労骨折も筋肉痛と発表されていた!」に続く

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