大学1年生の時、秋のリーグ初戦の立教大学戦で、2安打完封(11回10奪三振)いう完璧な内容で神宮デビューを飾ると、続く、早稲田との1回戦、立教との3回戦でも完投勝利した、江川卓(えがわ すぐる)さんは、結局、トータル9試合に登板して6勝1敗、防御率1.14という抜群の投球で、法政大の7シーズンぶりの優勝に大きく貢献しています。

法政大学時代の江川卓

「江川卓は法政1年の時11回完封勝利で神宮デビューを飾っていた!」からの続き

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東大1回戦では集中打を浴びて2対3の逆転負けし初黒星を喫していた

法政大学では、1年生にして、いきなり、秋のリーグ初戦の立教大学戦で2安打完封(11回10奪三振)勝利すると、早稲田との1回戦、立教との3回戦でも完投勝利した江川さんですが、

東大との1回戦に先発すると、法政が2対0とリードして迎えた3回裏には、東大に集中打を浴びて2対3と逆転されてしまい、そのまま、2対3で東大に負けてしまいます。(江川さんの初黒星)

東大3回戦では一死三塁のピンチを招くも東大がスクイズを仕掛けたのを冷静に見抜き逆転勝利

そして、続く、東大との2回戦では、もう一人のエース・中林千年投手が完封勝利し、江川さんは、1勝1敗で迎えた東大との3回戦に先発するのですが・・・

1回戦同様に、序盤から東大打線に打ち込まれ、3回裏を終了した時点で、東大に0対4とリードされてしまいます。

それでも、5回表、法政打線が粘りを見せ、4対4の同点に追いつくと、4対4で迎えた6回裏、東大の攻撃では、江川さんは、一死三塁のピンチを迎えるのですが、東大がスクイズを仕掛けたのを冷静に見抜き、三塁ランナーをアウトにすると、以降、法政打線が爆発し、最終的には9対4で東大を下します。

(江川さんは、スクイズを仕掛けられるのには慣れていたことから、この時も、三塁ランナーの動きを見て、即座にスクイズを見抜いたのだそうです)

明治大学1回戦では2対1で逆転勝ちしていた

しかし、その後、江川さんは、慶応戦の1回戦を先発し完投勝利(3対2のサヨナラ勝ち)すると、

(以降、法政は、順調に勝ち点を4つ重ねて首位を走り、最終カードである明治戦を迎えます)

明治との1回戦では、いきなり、1回裏に先制点を挙げられるも(既に明治の優勝の可能性は消滅していたのですが、明治は法政の優勝阻止に燃えていたそうです)、その後は、明治に得点を許さず、1対0と明治リードのまま9回表を迎えると、

(法政打線も明治の先発・丸山清光投手に抑え込まれていました)

法政は、一死で金光選手が二塁打を放ち、続く代打の徳永利美選手のタイムリーヒットで1対1の同点に追いつくと、さらには、明治のリリーフ・名取和彦投手から楠原選手が見事にスクイズを決め、2対1と逆転。

その裏は、江川さんが明治を無失点に抑え、2対1で明治を下します。

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1974年秋、法政の7シーズンぶりの優勝に貢献

そして、法政が勝てば優勝となる明治との2回戦では、もう一人のエースである中林千年投手が先発すると、法政が序盤から優位に試合を進め、5回裏が終了した時点で法政が4対0とリードしていたのですが、6回表、中林投手が3点を奪われ、一気に1点差にまで追い上げられます。

(江川さんと同期の中林千年投手も、早稲田、東大、慶応から既に3勝を挙げる活躍で、中林投手は、江川さんと二人で投手陣の柱として活躍し、法政を支える存在でした)

それでも、このピンチの場面で、江川さんがリリーフとして登板し、明治の反撃を抑えると、その後は最後まで投げ切って6対3で明治を下し、1971年春以来、7シーズンぶりの法政大の優勝に大きく貢献したのでした。

ちなみに、この1974年秋のシーズンの江川さんの成績は9試合に登板して6勝1敗、防御率1.14、2番手の中林投手も4勝と、2人の1年生コンビだけで10勝を挙げる活躍で、法政を優勝に導いており、江川さんは、ベストナインにも選出されています。

(江川さんのほかにも、高浦選手(捕手)、金光選手(二塁手)、道吉選手(三塁手)もベストナインに選出されています)

「江川卓は法政大学2年の春は8勝も明治に2敗して優勝を逃していた!」に続く

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