1985年11月2日、広岡達朗監督率いる西武ライオンズとの日本シリーズを制し、見事、阪神タイガースを球団初の日本一に導いた、吉田義男(よしだ よしお)さんですが、オフには「チームの土台作り」が満足にできず、1986年は、3位に食い込むのがやっと、1987年には、主砲の掛布雅之選手が酒気帯び運転で逮捕されて、久万オーナーに「掛布は欠陥商品」と言われ、すっかりやる気を失い、チームも最下位に終わってしまいます。

「吉田義男は1985年に阪神を初の日本一に導いていた!」からの続き

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1986年は4番・掛布雅之がケガで離脱して3番・ランディ・バースの破壊力が半減し3位

1985年には、21年ぶりのリーグ優勝を果たしたほか、日本シリーズでは、全盛期の西武ライオンズを倒して日本一になった吉田タイガースですが、

1986年は、主砲・掛布雅之選手が、4月に左手親指を骨折、5月に右肩関節挫傷、8月に左手親指剥離骨折と、立て続けにケガをし、130試合中67試合にしか出場できなかったことから、4番の掛布選手を欠いた打線では、3番のバース選手が孤立して、得点能力が半減してしまったそうで、連覇どころか、優勝した広島カープには、13.5ゲームも離され、Aクラスの3位を確保するのがやっとという状態だったそうです。

(1985年は、掛布選手が4番でにらみをきかせていたからこそ、3番のバース選手を安易に敬遠できず、相手投手はその破壊力をまともに受ける形となっていたのだそうです)

ランディ・バースは吉田義男監督の采配を批判するも詫びていた

ちなみに、ランディ・バース選手は、思うように勝てないチーム状態に苛立っていたのか、雑誌のインタビューで、「ヨシダのバント作戦は ワンパターンだ」と、吉田さんの采配を批判したことがあったそうですが、

その後、「取材記者が外国人だったので、酒飲み話のつもりで不注意な発言をしてしまった。他意はない。監督に対して、何ら悪感情は持っていないことをわかってほしい」と、吉田さんに詫びを入れてきたそうです。

(それでも、この年、バース選手は、2年連続の三冠王になっています)

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1987年は掛布雅之が酒気帯び運転で逮捕され、久万オーナーに欠陥商品と言われてやる気を失い、最下位に

そして、3年目の1987年には、オープン戦後半の3月下旬に、掛布選手が深夜の名神高速道路で酒気帯び運転により捕まってしまい、そのうえ、警官に対して、「オレは阪神の掛布だぞ」と、すごんだと報道されているのですが、

これに対し、新聞記者が久万俊二郎オーナーに掛布選手のトレードの可能性を問うと、

なんと、久万オーナーは、

掛布は欠陥商品。それをトレードなんて、相手球団に失礼だろう

と、発言。

これを聞いた掛布選手は、4月上旬、大阪球場で吉田さんに会談を求めてきて、

十分反省して、心機一転、頑張ろうと思っていた矢先に、どうしてマスコミにあんなことを言うのか。どうせ言うなら、直接言ってほしかった

と、(プライドがズタズタに引き裂かれて傷つき)肩を落としていたそうで、

吉田さんとしては、掛布選手に同情する点はあったものの、やはり、自分の不始末が原因のため、それをプレーで取り返す気概をみせてほしいと思っていたそうですが、

結局、1987年、掛布選手は、106試合出場で、打率2割2分7厘、12本塁打、45打点と、大きく沈み、チームも最下位に沈んでしまったのだそうです。

「吉田義男は1985年監督就任時から掛布雅之を危ぶんでいた!」に続く

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