1976年、大学3年生の春、再び大活躍で法政大の開幕から4カード連続勝ち点奪取に大きく貢献した、江川卓(えがわ すぐる)さんは、優勝を賭けた、最終カードの明治戦でも大活躍し、法政の優勝に大きく貢献すると、この年の秋のシーズンでも大車輪の活躍で、法政を春秋連覇&2季連続完全優勝に導いています。

法政大学時代の江川卓

「江川卓は法政大3年の春も開幕4連続勝ち点奪取に大きく貢献していた!」からの続き

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大学3年の春は6勝1敗(6完投2完封)防御率0.56の抜群の成績でベストナイン

1976年、大学3年生の春、江川さんは、優勝を賭けた明治大学との1回戦で先発登板すると、9回裏に1失点のみというほぼ完璧な投球で、完投で明治打線を抑え、

(7対1で法政が勝利し、優勝に王手)

雨で1日順延となった明治との2回戦でも、6回裏一死満塁の大ピンチでリリーフとして登板すると、顔色一つ変えず、後続の打者を併殺打に打ち取り、あっさりとピンチを切り抜けます。

(法政は、植松選手のホームランなどで序盤から3対0とリードし、先発の中林千年投手もここまで無失点と好投していたのですが、6回裏に捕まっていました)

すると、法政は、その後、徳永選手のホームランや楠原選手の3安打などで追加点を挙げ、江川さんも最後まで明治打線を抑え込み、法政が5対0で勝利し優勝。

江川さんは、この春のリーグで、大事な試合ではことごとく登板したのですが、6勝1敗(6完投2完封)、防御率0.56という抜群の成績を残しており、袴田英利捕手、金光興二選手(二塁手)、高代延博選手(遊撃手)、島本啓次郎選手(外野手)らとともにベストナインに選ばれたのでした。

大学3年生の秋のリーグ戦では、東大1回戦で完投、慶応戦では1回戦で完封、3回戦でも完投

そんな江川さんは、春秋連覇を狙った同年秋のリーグ初戦の東大戦でも、自己最多となる12奪三振で完投勝利(18対1で法政が勝利)すると、

(法政は、続く東大の2回戦にも勝利し、順調なスタートを切ります)

慶応との1回戦でも完封勝利(8対0で法政が勝利)、

続く慶応との2回戦では、リリーフで登板すると、終盤、慶応打線に捕まり、4対5と痛恨の逆転負けを喫するも、1勝1敗で迎えた慶応との3回戦では、またしても完投勝利(3対2で法政が勝利)します。

立教戦では1回戦と3回戦で完封勝利し六大学野球通算30勝を達成

そして、続く、立教との1回戦では完封勝利(2対0で法政が勝利)すると、

(その後、法政は、2回戦では敗れ、1勝1敗となります)

3回戦でも、完封勝利(6対0で法政が勝利)し、六大学野球通算30勝を達成しています。

早稲田戦では3戦連続完投と大車輪の活躍

その後、江川さんは、優勝争い最大のライバルの早稲田1回戦では、先発完投するも、早稲田の1年生・岡田彰布選手に3安打されるなど、1対3で負けてしまうのですが、

続く、早稲田2回戦では完封勝利、

(江川さんは、打撃でも袴田選手と共に連続ホームランを放っており、法政が9対0で勝利)

さらに、3回戦でも完投勝利(5対1で法政が勝利)と、なんと、3戦連続完投という大車輪の活躍をします。

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大学3年の秋も8勝2敗(8完投3完封)防御率0.74の抜群の成績でベストナイン

そして、勝ち点を取れば法政が優勝となる最終カードの明治1回戦では、延長12回を完投勝利すると、

法政は、2回戦でも明治を下し、春秋連覇、しかも2季連続の完全優勝を達成したのでした。

ちなみに、このシーズン(1976年秋)も、江川さんは、8勝2敗(8完投3完封)、防御率0.74という、驚異的な成績で、法政の優勝に大きく貢献し、袴田捕手、金光選手(二塁手)、木村選手(三塁手)、高代選手(遊撃手)、植松選手(外野手)とともにベストナインに選ばれているのですが、

打撃でも、打率3割4分2厘(リーグ2位)、2本塁打(リーグ1位)、10打点(リーグ1位)と素晴らしい成績を残しています。

「江川卓は法政大4年の春も大活躍で法政をV3に導いていた!」に続く

法政大学時代の江川卓

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