1969年、小学6年生の時、「紅三四郎」でアニメ歌手としてデビューすると、その後、アニメの主題歌や挿入歌、エンディングを歌唱するようになり、「キャンディ・キャンディ」がミリオンセラーとなる大ヒットを記録して、水木一郎さん、ささきいさおさん、大杉久美子さんとともに、「アニソン四天王」「アニソン界のプリンセス」などと称されるようになった、堀江美都子(ほりえ みつこ)さん。

今回は、そんな堀江美都子さんの若い頃から現在までの活躍や経歴を時系列でまとめてみました。

堀江美都子

「堀江美都子の生い立ちは?小6で「紅三四郎」でアニメソング歌手デビュー!」からの続き

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堀江美都子の10代の頃

12歳~18歳まで「アクビ娘の歌」「サザエさん」など次々とアニメソングを歌唱していた

1969年、小学6年生の時に、コロムビア(現・日本コロムビア)より「紅三四郎」でアニメ歌手としてデビューした堀江美都子さんは、その後、「アクビ娘の歌」(1969年)、「サザエさん」(1969年)、「魔法のマコちゃん/ボクはマコについてゆく」(1970年)、「ラ・セーヌの星/わたしはシモーヌ」(1975年)など、次々とアニメの主題歌、挿入歌、エンディングを歌唱しているのですが、

「アクビ娘の歌」

堀江美都子さんの声質は中性的だったため、ファミリーアニメからロボットアニメまで幅広いジャンルの作品のアニメソングを歌唱することができたそうで、多い時には、堀江美都子さんが歌ったアニメの主題歌が、1週間に10曲くらいテレビで流れていたそうです。

13歳の時にアニメ歌手としてお茶の間の人気を博していた

また、1970年代に入ると、日本コロムビアは新しいビジネスとしてアニソンを確立していこうとしていたことから、堀江美都子さんもステージや音楽番組で歌う機会が増え、アニメ歌手としてお茶の間の人気を博します。

19歳の時にアニメ「キャンディ・キャンディ」の主題歌がミリオンセラーの大ヒットを記録

そんな堀江美都子さんは、1976年、19歳の時には、アニメ「キャンディ・キャンディ」の主題歌を歌唱すると、作品、主題歌ともに大ヒットとなり、ミリオンセラーを記録。

堀江美都子さんは、アニメ歌手としての知名度を一気に世間に知らしめます。

「キャンディ・キャンディ」

ちなみに、堀江美都子さんは、「キャンディ・キャンディ」の絵コンテを初めて見た時、「こんなにキラキラした少女ものを私が歌うんだ!」と、とても嬉しかったそうで、さらには、主題歌が100万枚以上を売り上げる大ヒットしたことで、堀江美都子さんの人生も大きく変わっていったそうです。

(「キャンディ・キャンディ」が大ヒットするまでは、同世代の麻丘めぐみさんや南沙織さんが立派なコンサートホールで歌っているのに対し、堀江美都子さんは、デパートの屋上や遊園地のイベント会場で歌っていたことから、同じ歌手でありながらなぜこんなに扱われ方が違うのだろう?と疑問でいっぱいだったそうですが、「キャンディ・キャンディ」の大ヒットで、一躍、表舞台に立つことができたのだそうです)

堀江美都子の20代の頃

21歳の時に「宇宙魔神ダイケンゴー」で声優デビュー

堀江美都子さんは、1978年、21歳の時には、「宇宙魔神ダイケンゴー」のヒロイン・クレオ役で声優デビューも果たしているのですが、

主題歌を歌っていた時、スタジオにプロデューサーやテレビ局の人などが見に来ていたそうで、「主人公と声のイメージが合うね」と言われ、オーディションを受けて起用されたのだそうです。

「宇宙魔神ダイケンゴー」
「宇宙魔神ダイケンゴー」より。左が堀江美都子さんが声を担当したクレオ。

23歳~29歳の時には「魔法少女ララベル」「Dr.スランプ アラレちゃん」「宇宙船サジタリウス」などヒットアニメで声優として出演

その後、堀江美都子さんは、声優としての活動も精力的に行い、1980年「魔法少女ララベル」(ララベル役)、1981年「Dr.スランプ アラレちゃん」(オボッチャマン役)、1986年「宇宙船サジタリウス」(シビップ役)などのヒットアニメに次々と声の出演をしています。

「魔法少女ララベル」
「魔法少女ララベル」より。

27歳で結婚するもその後アニメソングを歌う仕事は激減していた

そんな堀江美都子さんは、「アニソン界最初のアイドル」として、順調にキャリアを積んでいたのですが、27歳の時に周囲の反対を押し切って結婚すると、

家庭というバックボーンができたことで安心して歌に向き合うことができるようになったほか、ミュージシャンのご主人から様々なアドバイスももらえたことで、歌手として成長できたそうですが、結婚後は、アニメソングを歌う仕事は激減したといいます。

堀江美都子

29歳の時には「愛少女ポリアンナ物語」で声優

ただ、そんな中、「声優をやってみませんか?」と声をかけられ、1986年、29歳の時、世界名作劇場「愛少女ポリアンナ物語」で主人公のポリアンナの声を1年担当すると、

主人公のポリアンナは、どんな逆境に置かれても「良かった探し」をする前向きな性格の女の子で、1話の間に「わぁ~い、よかった!」というセリフが何十回も出てきたことから、「よかった!」というセリフを1年間繰り返し聞いたことで、(「ちびっこのどじまん」の時に「暗い」と言われた)堀江美都子さんの性格もどんどん前向きになっていったそうで、言霊(ことだま)の力の大きさを実感したそうです。

(その後も、堀江美都子さんは、世界名作劇場シリーズで、「私のあしながおじさん」(1990年)、「家なき子レミ」(1996年)で主人公の声を担当しています)

そして、「愛少女ポリアンナ物語」のポリアンナ役がきっかけとなり、声優の仕事が増えていったほか、それなら主題歌もと、再び、アニメソングを歌う機会も増えていったのだそうです。

堀江美都子

堀江美都子の30代~40代の頃

42歳の時には「ボルテスVの歌」がフィリピンで再ブレイクし国賓並の待遇を受けていた

堀江美都子さんは、1999年、42歳の時には、アニメ「超電磁マシーン ボルテスV」(日本では1977~1978年放送)がフィリピンで放送されると、視聴率30%を超える大ヒットとなり、堀江美都子さんが歌唱した日本語オリジナルの主題歌「ボルテスVの歌」もフィリピンで大ヒットしています。

「超電磁マシーン ボルテスV」

堀江美都子さんは、同年9月、フィリピンを訪れると、フィリピンでは、堀江美都子さんを乗せた車列のために信号をすべて青にするほか、コースによっては道路を逆走するなど、国賓(こくひん)並の待遇を受けたそうで、

堀江美都子さんは、

連ドラのように毎朝8時15分から放送されていて、今も再放送されているんです。声優さんは吹き替えなんですが、主題歌はそのまま。なのでフィリピンでは国歌の次ぐらいに誰もが知っている曲なんですよ

と、語っています。

(もともと、この「超電磁マシーン ボルテスV」は、1978年にフィリピンで放送され、視聴率60%近くを記録する大ヒットとなっており、堀江美都子さんは、フィリピンの音楽祭に国賓として呼ばれることになっていたそうですが、当時は、政治的な事情により、行けなくなっていました)

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堀江美都子の50代~現在は?ささきいさおとデュエットも!

そんな堀江美都子さんは、その後も、海外公演や日本国内でコンサートを開催するかたわら、2004年には、ヴォーカルスクール「堀江美都子シンガーズラボ(MSL)」を開講し、自身の経験から生まれた歌唱テクニック全般を指導するほか、洗足学園音楽大学の声優アニメソングコースで教授も務めています。

また、2020年2月には、50周年記念コンサートを開催するほか、同年3月からスタートした特撮ドラマ「機界戦隊ゼンカイジャー」の挿入歌「全界合体!ジュラガオーン」では、「アニソン四天王」の一人、ささきいさおさんとデュエット。

2023年には、同じくささきいさおさんと「ANISON PREMIUM LIVE」を開催するなど、現在も、精力的に活動しています。

「堀江美都子の夫・あさみあきおとの馴れ初めは?息子は堀江諒介!」に続く

「ANISON PREMIUM LIVE」

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