まだ、駆け出しの無名のミュージシャンだった20歳の時、1968年のミス・ユニバース日本代表で人気モデルだった飯野矢住代さんと交際・同棲生活を送るも、約1年ほどで破局したという、ジョニー吉長(じょにー よしなが)さんですが、
その後、ロック歌手の金子マリさんと結婚し、離婚しています。
今回は、ジョニー吉長さんの前妻・金子マリさんとの馴れ初め、離婚に至った経緯、子供(息子)についてご紹介します。

「ジョニー吉長と飯野矢住代の破局理由は?息子が生後24時間で死去していた!」からの続き
ジョニー吉長の前妻・金子マリとの馴れ初めは?
ジョニー吉長さんは、1979年頃、ロック歌手の金子マリさんと結婚しています。
ジョニー吉長さんはプライベートについてほとんど語っておらず、金子マリさんとの馴れ初めや結婚に至った経緯など詳細は不明ですが、
ジョニー吉長さんは、1977年、金子マリさんのバンド「金子マリ&バックスバニー」に加入していることから、この頃、知り合ったのかもしれません。
ちなみに、金子マリさんは、18歳でギタリストのCharさんとバンド「スモーキー・メディスン」を結成し、主に東京・下北沢のライブハウスで精力的に活動を始めると、その後、様々なバンド活動で存在感を放っていたそうで、
その激しくも憂いを帯びた歌声が、アメリカのロック歌手ジャニス・ジョップリンを連想させたことから、一部の音楽ファンらからは、「下北沢のジャニス」と呼ばれていたそうですが、
当時の日本ではまだロックが浸透しておらず、地元・下北沢でも、一般の人からは理解を得られず、逃げ出したい思いを抱えていたそうで、
そんな中、ジョニー吉長さんに、
ここから連れ出してやる
と、言われたといいます。
ジョニー吉長と金子マリの離婚理由は?
そんなジョニー吉長さんと金子マリさんは、結婚後、2人の男の子に恵まれており、幸せな日々を送っているかと思われていたのですが・・・
1999年に離婚しています。
離婚理由については、馴れ初め同様、不明ですが、金子マリさんは、1993年に実家が経営する葬儀店を継いで、葬儀店と歌手活動の2足のわらじとなり、歌手活動に専念できなくなった辛さなどを語っていることから、
このような状況が、夫婦の生活に影響を及ぼし、離婚に至ったのかもしれません。
ジョニー吉長は前妻・金子マリに看取られて亡くなっていた
その後、ジョニー吉長さんは、2012年に病に倒れ、同年6月4日4時54分、東京都内の病院で重症肺炎により63歳で他界されているのですが、
金子マリさんは、
2か月半、看病できた。離婚してから父子を隔ててきたわだかまりを解き、ジョニーはいい顔をして逝きました
と、語っており、
亡くなるまでの2ヶ月間は金子マリさんに看病され、最期も看取られたようです。
(葬儀も金子マリさんが取り仕切ったそうです)
ジョニー吉長と金子マリの間には子供(息子)が2人
ちなみに、ジョニー吉長さんと金子マリさんの間には、子供が2人(息子2人)誕生しています。
息子(長男)は金子ノブアキ
ジョニー吉長さんの息子(長男)は、1981年6月5日に誕生した、ミュージシャンで俳優の金子ノブアキ(かねこ のぶあき)さんです。
金子ノブアキさんは、両親の影響で幼い頃から音楽に恵まれた環境で育つと、10歳の時に子役としてデビューし、「ポンキッキーズ」や「金田一少年の事件簿」などに出演していたのですが、その後、子役を辞め、音楽の道に入ると、16歳の時には、「RIZE」を結成し、19歳の時に、メジャーデビュー。
ただ、28歳の時には、俳優業を再開すると、同年、映画「クローズZERO II」の鳴海大我 役でブレイクを果たし、以降、テレビドラマでは、朝の連続テレビ小説「おひさま」「東京バンドワゴン~下町大家族物語」、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」「麒麟がくる」、映画では、「モテキ」「シャッフル」「ストロベリーナイト」「劇場版 ACMA:GAME 最後の鍵」など話題の作品に次々と出演しており、
音楽活動と並行して、俳優としても、クールな悪役から熱血漢まで幅広く演じ分け、俳優としても確固たる地位を築いています。
ちなみに、金子ノブアキさんは、お父さんであるジョニー吉長さんについて、2015年3月31日に都内で開催された映画「セッション」のスペシャルトークイベントに出席した際、
小さい頃からライブの現場に連れて行ってもらって、その背中を見て育った。ある種の英才教育
父は三年前に他界したんですが、死してなお教わることばかり
ここ3年は父のドラムスティックを使っている。最初は快気願いとして使っていたんだけれど、それが衝撃的にしっくりきちゃって。身長も体重も同じで、僕は父の生き写しくらい似ている。
(そのスティックは特徴的なデザインで)どうやってそこに至ったんだろう。あんなに風来坊に見えて、本当に研究していたんだと思うと武者震いがする
などと、思いを語っています。
息子(次男)は金子賢輔(KenKen)
ジョニー吉長さんの息子(次男)は、1985年12月30日に誕生した、ミュージシャンの金子賢輔(KenKen)さんです。
KenKenさんは、小学生の時にベース、ドラム、ギターを始めると、15歳の時、ベーシスト、コンポーザーとしてバンドを結成し、下北沢のライブハウスを拠点にライブ活動を開始するほか、同時に、様々なバンドとセッションを重ねていたそうで、
2006年4月には、兄・金子ノブアキさんが所属するバンド「RIZE」に加入し、ベースとボーカルを担当すると、圧倒的な存在感とエネルギッシュなベースプレイがたちまち評判となり、
同年6月、ソロとしてもメジャーデビューを果たすと、以降、ソロや「RIZE」での活動のほか、自身のバンド「KENKEN of INVADERS」、兄・金子ノブアキさんとのユニット「TORCERSE」、ドラムス・中村達也さんとのバンド「SPEEDER-X」、「Dragon Ash」のサポートなど、幅広く活動しています。
ジョニー吉長の最初の子供(息子)は生後間もなく他界していた
ところで、ジョニー吉長さんには、もう一人、息子がいたといいます。
ジョニー吉長さんは、金子マリさんと結婚するより以前に交際していた、ミス・ユニバース日本代表でモデルだった飯野矢住代さんとの間に、1969年12月22日、男の子が1人誕生していたそうで、
本来なら、この男の子が、ジョニー吉長さんの長男となるところだったのですが、生後間もなく他界されたといいます。
(他界後、ジョニー吉長さんと飯野矢住代さんは、自身の本名から1字ずつ取って、「信裕」と名付けたといいます)
1969年、ミス・ユニバース日本代表の人気モデルだった飯野矢住代さんと交際・同棲を始めると、飯野矢住代さんが生活費の全てを賄ってくれたうえ、バンドの活動資金も捻出してくれるなど、至れり尽くせりだったという、ジョニー吉長( …
さて、いかがでしたでしょうか。
ジョニー吉長さんの、
- ジョニー吉長の生い立ちは?母子家庭で母親が蒸発し養護施設に預けられていた!
- ジョニー吉長のプロフィール
- ジョニー吉長はハーフ?
- ジョニー吉長は13歳の時に母子家庭にもかかわらず母親も蒸発し養護施設に預けられていた
- ジョニー吉長は16歳の時にブルースロックバンド「チェックメイツ」にボーカルとして参加していた
- ジョニー吉長は19歳の時に「チェックメイツ」として上京するも間もなく脱退して関西に戻っていた
- 【画像】ジョニー吉長の若い頃は?Charらとバンドほか映画やドラマにも出演!
- ジョニー吉長は19歳の時にボーカルとして「カニバルス」に加入するもドラムに転向していた
- ジョニー吉長は23歳の時にバンド「イエロー」を結成していた
- ジョニー吉長は24~25歳の時に左とん平の「ヘイ・ユウ・ブルース」や泉谷しげるの「黄金狂時代」のレコーディングに参加していた
- ジョニー吉長は25歳の時に「イエロー」としてアルバム「yellow」「Vibration」をリリースしていた
- ジョニー吉長は28歳の時にバンド「バックス・バニー」で活動していた
- ジョニー吉長は28歳の時に1stソロアルバム「ジョニー」をリリースしていた
- ジョニー吉長は29歳の時にCharに誘われ「ジョニー、ルイス&チャー」を結成していた
- ジョニー吉長は32歳~45歳の時に「ピンク・クラウド」として活動していた
- ジョニー吉長は51歳~62歳の時には「二千年の恋」「ラストシーン」などテレビドラマや映画にも出演していた
- ジョニー吉長の死因は?
- ジョニー吉長のソロアルバム
- ジョニー吉長の元カノ・飯野矢住代との馴れ初めは?同棲生活はヒモ同然だった?
- ジョニー吉長の元カノ・飯野矢住代との馴れ初めは?
- ジョニー吉長は飯野矢住代と交際・同棲を始めるもヒモ同然だった
- 飯野矢住代はジョニー吉長と交際・同棲する前は裕福な大学生と交際していた
- ジョニー吉長と飯野矢住代はグラビア写真が雑誌「プレイボーイCUSTOM」に掲載されていた
- ジョニー吉長と飯野矢住代の破局理由は?息子が生後24時間で死去していた!
- ジョニー吉長は飯野矢住代が無収入となり生活の危機を迎えていた
- ジョニー吉長は飯野矢住代との間に生まれてくる子供のために音楽活動を辞めサパークラブで働き始めていた
- ジョニー吉長は突然陣痛に襲われた飯野矢住代を連れて病院に駆け込んでいた
- ジョニー吉長は飯野矢住代との間に男の子が誕生していた
- ジョニー吉長と飯野矢住代の息子(赤ちゃん)は危篤状態に陥っていた
- ジョニー吉長と飯野矢住代の息子(赤ちゃん)は誕生して24時間もたずに死去していた
- ジョニー吉長と飯野矢住代の破局理由は?
- ジョニー吉長の前妻・金子マリとの馴れ初めは?離婚理由は?子供は息子3人!
- ジョニー吉長の前妻・金子マリとの馴れ初めは?
- ジョニー吉長と金子マリの離婚理由は?
- ジョニー吉長は前妻・金子マリに看取られて亡くなっていた
- ジョニー吉長と金子マリの間には子供(息子)が2人
- 息子(長男)は金子ノブアキ
- 息子(次男)はKenKen(金子賢輔)
- ジョニー吉長の最初の子供(息子)は生後間もなく他界していた
について、ご紹介しました。
米兵のお父さんと日本人とアメリカ人のハーフのお母さんのもと、非摘出子(婚外子)として誕生し、母子家庭の中、13歳の時には、お母さんまで蒸発して養護施設に預けられるという過酷な境遇を乗り越え、
「カニバルス」「イエロー」「金子マリ&バックス・バニー」「ジョニー、ルイス&チャー(ピンク・クラウド)」など、数々のバンドで活躍し、唯一無二のグルーヴを刻むドラマーとして、日本のロック史にその名を刻んだジョニー吉長さん。
そんなジョニー吉長さんの、切れ味鋭いドラミングやドラムを叩きながら歌を歌う独特のスタイルは、末永く語り継がれることでしょう。
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1978年には、Char(チャー)さん、加部正義さんと共にバンド「ジョニー・ルイス&チャー」(後のピンククラウド)を結成すると、派手さはないものの、安定感のあるドラミングとドラムを叩きながら歌うことができるスキ …






