京マチ子!羅生門でブレイク!結婚は?現在は?


日本映画黄金期に活躍された、女優の京マチ子(きょう まちこ)さん。黒澤明監督や、溝口健二監督など、名だたる巨匠の作品で、セクシー系美人女優として、人気を博されました。

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年齢は?出身は?本名は?

京さんは、1924年3月25日生まれ、
大阪府大阪市のご出身で、2019年現在、なんと94歳。

本名は、矢野元子(やの もとこ)さんというそうで、

1987年に「紫綬褒章」
1994年に「勲四等宝冠章」

を受賞されています。

ちなみに、上の写真は、「勲四等宝冠章」受賞の時のもので、この時すでに、80歳!
とても80歳には見えませんね~

経歴

京さんは、3歳の時、お父さんが家族をおいてブラジルに渡り、5歳の時、ついに音信が途絶えてしまい、お母さんとおばあさんに育てられたそうです。

なぜ京さんが、女優を目指されたのかは分かりませんでしたが、京さんは、1936年に、「大阪松竹少女歌劇団」に入団、

舞台女優として活躍する一方で、1944年には、「団十郎三代」「天狗倒し」など、いづれも松竹の映画に出演されています。

羅生門でブレイク!

その後、京さんは、大映にスカウトされ、1949年に入社。

同年、「最後に笑う男」「痴人の愛」などの映画に出演され、翌年の1950年には、黒澤明監督の「羅生門」で、ヒロイン真砂役に抜擢されています。


「羅生門」での京さんと三船敏郎さん。

この映画は、芥川龍之介の短編小説、「藪の中」「羅生門」を、黒澤監督がミックスして脚色したそうで、京さんは、劇中、少女のような可憐さ、妖艶さ、そして、激しい情念といった、女性が持つ性(さが)を見事に演じられたのでした。

この映画は、「ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞」「アカデミー賞名誉賞」を受賞するという、日本映画初の快挙を成し遂げ、これをきっかけに、黒澤監督や日本映画が、世界で評価されるようになったのだそうです。

グランプリ女優

その後も、1953年には、京さんがヒロインを演じられた、溝口健二監督の「雨月物語」が、「ヴェネツィア国際映画祭」サン・マルコ銀獅子賞受賞。

衣笠貞之助監督の「地獄門」は、「カンヌ国際映画祭」でグランプリ獲得。

と、京さんが主演を務められた映画が、国際映画祭で次々と賞に輝いたことから、京さんは、「グランプリ女優」と呼ばれたのでした。

テレビの世界へ

京さんは、その後も、数多くの映画に出演されましたが、1971年に大映が倒産すると、活動の場を、映画からテレビや舞台へと移され、

テレビドラマでは、

1981年~1984年「必殺シリーズ」
1994年 NHK大河ドラマ「花の乱」
1999年 NHK大河ドラマ「元禄繚乱」

などに出演されています。


「必殺仕舞人」より、坂東京山役の京さん。

結婚は?

さて、そんな京さんのプライベートですが、

京さんは、一度も結婚されておらず、独身を貫かれています。

女優一筋でこられた、ということなのでしょうね。

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現在は?

80歳を過ぎても、舞台などで活躍されていた京さんですが、最近は、活動はされておらず、地元大阪で暮らしておられるようです。

2014年に、ピーターさんのブログに、京さんが登場していますので、ご紹介しましょう。

ピーターさんは、

何と、大好きな、京 マチ子さん、

お隣に座れて、
映画のお話や、

ゆっくり話せました~(o^-‘)b !

かなり興奮しました。

と綴られていました(^^)

上品なおばあ様といった感じで、とてもお元気そうですね。

そして、2015年11月には、早稲田大学演劇博物館で、「映画女優 京マチ子展」が開催されているのですが、京さんご本人が、映画際で受賞した、トロフィーや出演作の写真、ポスター等を寄贈されたことで実現したのだとか。

同博物館の木原圭翔さんは、最近の京さんについて、

ご高齢だけど本当にお元気に見えた。記憶も明晰で、出演された映画について、思い出話をいろいろされた。モノに執着されないようで(寄贈物の扱いなどは)「全部お任せします」という形だった。

と、明かされていました。

確かに、写真でも、とても90歳を回っているとは思えない肌つやですし、シャキッとされているご様子が伺えます。

ちなみに、この展示会は、200人収容の講堂が、連日満員だったそうで、現代においても、京さんの人気ぶりが分かる結果となりました。

もし、まだ京さんをご覧になったことがない方は、是非この機会に、かつて世界を虜にされた演技、御覧ください!!

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