1973年、14歳の時にデビューして以来、「わたしの青い鳥」「花物語」「三色すみれ」黄色いリボン」などヒットを連発してトップアイドルの地位を不動のものにすると、女優業でも高く評価されていた、桜田淳子(さくらだ じゅんこ)さんですが、
1992年、34歳の時、突如、統一教会の信者であること、韓国で行われる統一教会主催の合同結婚式に参加することを表明し、世間を驚かせました。
一体、桜田淳子さんに何があったのでしょうか。
今回は、桜田淳子さんが統一教会に入信した経緯や現在の状況を時系列でご紹介します。

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桜田淳子が入信した統一教会とは?
まず、はじめに、統一教会について、簡単にご紹介します。
統一教会は、韓国人教祖・文鮮明氏が、16歳の時、イエス・キリストから啓示を受けたとして、1954年に韓国・ソウルに創始した宗教団体で、日本では1964年に宗教法人と認定されているのですが、
文鮮明氏が発見した統一原理は、「健全な結婚をして子を生み、神の家庭をつくることを激励するもの」としながら、教祖が選んだ信者同士の結婚や大スタジアムでの合同結婚式など、キリスト教世界とは大きくかけ離れた教義が多いのが特徴で、
1960年代末から1970年代にかけては、”原理運動”と呼ばれた学生らによる強引な布教活動、1980年代から1990年にかけては、霊感商法や高額献金などのほか、反社会的宗教活動による被害が問題化していました。
(統一教会は、2015年に「世界平和統一家庭連合」に改名しています)
桜田淳子が12歳の時に姉が統一教会に入信していた
さておき、桜田淳子さんが12歳の時、地方銀行に勤めていた7歳上の姉・恭子さんが、突如、失踪し、統一教会に入信したそうで、
製紙会社に勤めていた桜田淳子さんの父・金一郎さんは、「原理運動被害者父母の会」の支部「秋田父母の会 陽光会」を結成して会長となり、恭子さんを脱会させるための活動に奔走するほか、恭子さんを精神科病院へ入院させたり、監視下に置いたりしたそうで、家庭内は深刻な対立状態にあったといいます。
また、当時の桜田淳子さんは、両親が苦しむ姿を目の当たりにしていたことから、
統一教会に対して、
お姉ちゃんを返して
と手紙を書くなど、統一教会の存在を否定的に捉えていたといいます。
桜田淳子は19歳の時に統一教会に入信していた
その後、桜田淳子さんは、1973年、14歳の時にアイドル歌手デビューすると、山口百恵さん、森昌子さんとともに「花の中3トリオ」として国民的人気を博しているのですが、
そんな中、1974年の正月には、姉・恭子さんが、
教会を除名された
と言って、実家に戻ってきたといいます。
ただ、実際には、恭子さんは、統一教会の信仰を続け、統一教会に入り浸っていたそうで、両親が何を言っても聞かなかったことから、そんな恭子さんを統一教会から切り離す為、両親は、恭子さんを桜田淳子さんの世話係(付き人)として東京へ送り出したそうで、
桜田淳子さんも、当時は、所属事務所「サンミュージック」の相澤秀禎社長らに、毅然と、
姉と私は違う
と、語っていたそうですが・・・
1977年、19歳の時には、自分の意志で、統一教会に入信したといいます。
桜田淳子が統一教会に入信した理由とは?
一体、桜田淳子さんに何があったのでしょうか。
実は、桜田淳子さんは、デビュー4年目の1976年(統一教会に入信する1年前)、18歳の時、山口百恵さん、野口五郎さん、森進一さんらとのスキャンダルを、雑誌「噂の真相」に実名で報道されたことから、身に覚えのない桜田淳子さんたちは、雑誌社を名誉段損で訴えたそうですが、
(仕事に対して真面目で責任感の強い桜田淳子さんは、芸能界でも潔癖な性格で知られ、恋愛スキャンダルとは無縁と思われていました)
裁判で真っ先に証言台に立った桜田淳子さんは、この時、かなり動揺していたそうで、
裁判を取材した芸能レポーターの須藤甚一郎氏は、
(前略)山口百恵がマスコミに上手に対応したのとは対照的に、彼女は一種の興奮状態でね、世なれしていないところがあったね
と、語っているのですが、
この頃に、桜田淳子さんは、マスコミへの不信感も合わさり、最も身近な存在だったお姉さんを通して、「統一教会」に心の拠り所を求めたのだと考えられています。
桜田淳子は34歳の時に統一教会の信者であることと合同結婚式に参加することを表明していた
そんな桜田淳子さんは、1992年6月30日、34歳の時に、突如、記者会見を開き、統一教会の信者であること、韓国で行われる統一教会主催の合同結婚式に参加することを発表すると、
(この時、桜田淳子さんは、19歳の時に自分の意志で統一教会に入信したことも明かしています)
同年8月25日には、ソウルオリンピック主競技場で開催された合同結婚式に参加し、資産家の日本人信者・東伸行氏と結婚。
実は、桜田淳子さんは、当時、所属していた「サンミュージック」の相澤秀禎社長から、
“脱会”しなければ芸能活動を続けるべきではない
と、説得されそうですが、意思は固かったそうで、
以降、桜田淳子さんは、芸能界から遠ざかり、表舞台からは姿を消してしまったのでした。
(1993年に公開された映画「お引越し」への出演が最後となっています)

統一教会の合同結婚式より。右端が桜田淳子さん。
桜田淳子は相澤貞秀社長に200万円の壺を売っていた
ちなみに、この合同結婚式には、桜田淳子さんのほか、元新体操日本代表の山﨑浩子さんや、タレントの飯星景子さんらも参加していたことから、
統一教会と”脱会した元信者らを中心とした反統一教会”の間の訴訟問題(教義、霊感商法、強引な布教活動、高額な献金など)がクローズアップされるようになったのですが、
桜田淳子さんも、所属する事務所「サンミュージック」の相澤秀禎社長に200万円の壷を売っていたそうで、
相澤秀禎社長は、
淳子の純粋な気持ちはわかっている。彼女のためと思って買った
と、語っています。
ただ、相澤貞秀社長は、
芸能人は夢を売る仕事です。霊感商法など反社会的な行為を行っている組織に関わってどうするのか。統一教会を辞めない限り、私は淳子を芸能界に戻すつもりはありません
とも、語っています。
桜田淳子は48歳頃から芸能界復帰を模索していた
こうして、芸能界から姿を消した桜田淳子さんは、間もなく子供を出産したそうですが、子育てが落ち着くにつれ、芸能活動再開への意欲を見せていたそうで、
(所属していた「サンミュージック」に、関係者を通じてコンタクトを取っていたそうです)
2006年には、14年間の沈黙を破り、子育てを綴ったエッセイ「アイスル ジュンバン」を出版すると、
2007年には、「婦人公論」(2007年2月7日号)のインタビューに応じるなど、芸能活動復帰への意欲をのぞかせていたのですが、
統一教会への信仰は変わらず継続していたことから、近況を発信すること自体が広告塔としての活動とみなされ、その影響力を危惧する声が根強く、本格復帰には至っていませんでした。
(共に統一教会の合同結婚式に参加していた山崎浩子さんや飯星景子さんが統一教会を脱会する一方で、桜田淳子さんは強い信念を持ち続けていたそうですが、著書「アイスル ジュンバン」には、信仰については、一切、書かれていないといいます)
桜田淳子は55歳の時から断続的に芸能活動を再開していた
そんな中、桜田淳子さんの恩師である「サンミュージック」の代表取締役会長・相澤秀禎氏が他界しているのですが、2013年5月28日、東京・青山葬儀所で通夜が営まれ、桜田淳子さんも参列すると、
(桜田淳子さんが公の場に姿を見せたのは、1996年12月15日、都内で行われた「統一教会クリスマスフェスティバル」以来、約16年半ぶりでした)
これをきっかけに、桜田淳子さんは、芸能活動を活発化させており、同年(2013年)には、銀座で20年ぶりにイベントを開催するほか、2017年4月には、銀座博品館劇場でのコンサートへもゲスト出演して歌を披露し、
2018年2月25日年には、35年ぶりとなるアルバム「マイ・アイドロジー」(デビュー40周年を記念したアルバム)を発売するなど、断続的に活動するようになっています。
ちなみに、2013年は、統一教会から脱会することを芸能界復帰の条件としていた相澤秀禎氏が他界しただけでなく、統一教会に反対していた桜田淳子さんのお母さんも認知症で施設に入っていたほか、子供たちもある程度成長していたことから、
桜田淳子さん的には、芸能活動を再開する条件が揃っていたようです。
桜田淳子の芸能界復帰に対し専門家や被害者団体から反対の声が上っていた
ただ、桜田淳子の芸能活動再開には、統一教会の被害者の会などから反対の声が出ていたそうで、
統一教会の問題に詳しい有田芳生氏が、「週刊新潮」(2005年5月12日号)のインタビューで、
霊感商法に関しては、すでに最高裁で統一教会の法的責任が認定されています。(中略)結局、教会を辞めない限り、芸能界復帰は120%無理です
と、語っているほか、
統一教会の問題に詳しいジャーナリストの鈴木エイト氏も、2018年、「デイリー新潮」のインタビューで、
桜田は、これまで教会の広告塔として機能してきました。桜田の影響で入信し、被害に遭った方も少なからずいる。そうした過去を清算せずに、復帰などとは、到底許されることではありません
と、語っており、
教団の広告塔として、多くの入信者を生んだ社会的責任を問う声が、今もなお本格復帰を阻む高い壁となっているようです。
(桜田さんは教団関連化粧品会社男女美(Danjobi)のモデルを務めていた時期があり、ほかにも韓国の教団聖地で教祖夫妻を迎える儀式で歌を披露するなど特別扱いされていました)
桜田淳子の現在は?
その後、桜田淳子さんの情報は流れなくなリ、どのように過ごしているのか、詳細は不明だったのですが、
2025年3月25日、東京地裁が統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に対し、解散命令を下したことから、週刊誌「女性自身」の記者が、自宅付近で散歩をしていた桜田淳子さんの夫・東伸行氏に取材を試みると、
記者:東さん、昨日の解散命令について、お話を伺いたいのですが?
東伸行氏:どちらさまですか?
記者:女性自身編集部です。昨日の解散命令について、ご夫妻の意見を伺いたいのです。
東伸行氏:うーん、(解散命令が出ても)特に何も変化はないですよ。私たち夫婦には影響はないというか、いつもどおりに過ごしています
記者:しかし教団の幹部として、何か責任は感じないのでしょうか?
東伸行氏:ハハハ、マスコミの取材については、お答えしないようにしているんです。これ以上のお話は無理ですよ
とのやり取りの後、東伸行氏は不敵とも言える笑みを浮かべて自宅マンションに入っていったといいます。
(“教団の幹部”という言葉を否定しなかったことから、現在も教団への忠誠心が変わらないと考えられています)
また、ジャーナリストの鈴木エイトさんも、
もともと桜田夫妻は、教団内では特別扱いでした。献金のノルマもなく、一般の信者たちの苦悩とは無縁の存在でした。先ほども述べましたように、近年は“広告塔”の役割からも解放されているようですし、そういった意味では東氏が言うように“解散命令”の影響は少ないのかもしれません
と、語っているのですが、
(解散命令とは、裁判所が「宗教法人としての資格」を取り消す決定のことで、これまでは「法令に違反し、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」などが認められた場合(オウム真理教など)に出されてきたそうですが、今回は「民法上の不法行為(高額献金や霊感商法など)」を根拠とした初めてのケースなのだそうです)
実際、桜田淳子さん本人の姿も、夫婦で愛犬(小型犬)と穏やかに散歩する姿が「女性自身」の記者に目撃されており、
桜田淳子さんは、世間からのバッシングや教団を取り巻く厳しい状況の中でも信仰を捨てることなく、独自の生活基盤を築いているようで、
子供たちが巣立った今、新しい家族(愛犬)を迎え、世間の喧騒とは一定の距離を置き、幸せな生活を送っているようです。
「桜田淳子の夫は?統一教会で合同結婚式!現在の関係は?子供は?」に続く
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