1973年、14歳の時、「天使も夢みる」でアイドル歌手デビューすると、山口百恵さん、森昌子さんとともに、「花の中三トリオ」として人気を博し、

1973年、15歳の時には、3枚目のシングル「わたしの青い鳥」が「第15回日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞すると、以降、「花物語」「三色すみれ」黄色いリボン」などヒットを連発し、1974年、8枚目のシングル「はじめての出来事」が初のオリコンチャート1位に輝いた、桜田淳子(さくらだ じゅんこ)さん。

今回は、そんな桜田淳子さんの、若い頃(アイドル時代)から現在までの経歴を、ヒット曲や代表作を交えて時系列でご紹介します。また、最後には、出演作品(映画、テレビドラマ、舞台)一覧やディスコグラフィー(シングル)もご紹介します。

桜田淳子

「桜田淳子の生い立ちは?森昌子を見て「スター誕生!」に応募し優勝していた!」からの続き

Sponsored Link

桜田淳子は14歳の時に1stシングル「天使も夢みる」でアイドル歌手デビュー

1972年9月、中学2年生の時、「スター誕生!」で見事グランドチャンピオンに輝いた桜田淳子さんは、1973年2月25日には、ファーストシングル「天使も夢みる」でアイドル歌手デビューを果たすと、オリコンチャート12位を記録する幸先の良いスタートとなり、

「天使も夢みる」
「天使も夢みる」

(歌唱時に被っていたキャスケットは「エンジェルハット」と呼ばれて話題となり、桜田淳子さんのトレードマークとなりました)

1973年5月25日には、2枚目のシングル「天使の初恋」もリリースしています。

「天使の初恋」
「天使の初恋」

桜田淳子は14歳の時に、山口百恵、森昌子とともに「花の中三トリオ」と呼ばれ人気を博していた

そんな桜田淳子さんは、アイドルとして人気を博すと、同じ「スター誕生!」出身で同学年の、森昌子さん、山口百恵さんと共に、「花の中三トリオ」と呼ばれたのですが、

「花の中三トリオ」
「花の中三トリオ」。(左から)山口百恵さん、森昌子さん、桜田淳子さん。

実は、桜田淳子さんと山口百恵さんは同じ中学に通っていたそうで、お互い、「ジュンペイ」「モモタロー」と呼び合うなど、プライベートでもとても仲が良かったそうです。

ただ、「ライバル同士で仲がいいはずがない」と桜田淳子さんと山口百恵さんの仲を疑った記者に詰め寄られ、

桜田淳子さんは、泣きながら、

本当に仲良しなんです

と、必死に訴えたこともあったといいます。

(山口百恵さんは、桜田淳子さんがデビューした3ヶ月後に「スター誕生!」で合格し、ホリプロに所属しています)

桜田淳子は15歳の時には3rdシングル「わたしの青い鳥」がヒット

そして、1973年8月25日、15歳の時、3枚目のシングル「わたしの青い鳥」をリリースすると、

♪ようこそここへ クッククック──

のフレーズで、さらに人気を博し、

「第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞」を受賞するほか、この年の年末には、「第15回日本レコード大賞最優秀新人賞」も受賞しています。

「わたしの青い鳥」
「わたしの青い鳥」

桜田淳子は15歳の時に4thシングル「花物語」が初のオリコンチャートベストテン入りを果たしていた

さらに、桜田淳子さんは、1973年11月5日にリリースした4枚目のシングル「花物語」が、初のオリコンチャートベストテン入りを果たすと、

「花物語」
「花物語」

  • 1974年2月25日リリースした5枚目のシングル「三色すみれ」
    「三色すみれ」
    「三色すみれ」
  • 1974年5月25日にリリースした6枚目のシングル「黄色いリボン」
    「黄色いリボン」
    「黄色いリボン」
  • 1974年8月25日にリリースした7枚目のシングル「花占い」
    「花占い」
    「花占い」

も、連続でベストテン入りを果たしています。

桜田淳子は16歳の時に8thシングル「はじめての出来事」が初のオリコンチャート1位に輝いていた

そして、1974年12月5日にリリースした8枚目のシングル「はじめての出来事」は52.7万枚を売り上げる大ヒットを記録し、ついに、オリコンチャート1位に輝いています。

「はじめての出来事」
「はじめての出来事」

そんな桜田淳子さんは、その後も、

  • 1975年3月5日「ひとり歩き」
    「ひとり歩き」
    「ひとり歩き」
  • 1975年5月10日「白い風よ」
  • 1975年6月5日「十七の夏」
  • 1975年8月25日「天使のくちびる」
  • 1975年11月25日「ゆれてる私」
  • 1976年2月25日「泣かないわ」
  • 1976年5月25日「夏にご用心」
  • 1976年8月25日「ねえ!気がついてよ」
    「ねえ!気がついてよ」
  • 1976年12月5日「もう一度だけふり向いて」
  • 1977年2月25日「あなたのすべて」
  • 1977年5月15日「気まぐれヴィーナス」
  • 1977年9月5日「もう戻れない」
  • 1977年11月5日「しあわせ芝居」
    「しあわせ芝居」
    「しあわせ芝居」
  • 1978年6月「リップスティック」
  • 1979年2月「サンタモニカの風」

と、ヒットを連発し、トップアイドルとしての地位を不動のものにしているのですが、

桜田淳子さんは、計18曲のシングルがオリコンTOP10にランクインしており、総売上は約600万枚に達したといいます。

特にデビュー3年目の1975年は、レコード売上、ブロマイド売上、雑誌の人気投票で、軒並み1位を独占して、美空ひばりさんや吉永小百合さんに並ぶ「4冠」を達成しており、まさに1970年代を象徴するトップアイドルとなったのでした。

桜田淳子は20歳頃に「8時だョ!全員集合」の「夫婦コント」でコメディのセンスも絶賛されていた

また、桜田淳子さんは、歌手として活躍するかたわら、1970年代には、バラエティ番組「8時だョ!全員集合」に出演し、志村けんさんとの「夫婦コント」で、

私って駄目な女ね

の決まり文句で、何をやってもダメな新妻を演じ、お茶の間に笑いも届けているのですが、

その絶妙な間と演技力は、井上ひさし氏ら一流の放送作家からも絶賛されました。

桜田淳子は17歳~20歳の時に映画「スプーン一杯の幸せ」「遺書 白い少女」「若い人」「愛情の設計」「愛の嵐の中で」で主演し映画スターの地位も確立していた

そして、1975年、17歳の時には、映画「スプーン一杯の幸せ」の主演で女優デビューを果たすと、

以降、

  • 1976年「遺書 白い少女」
    「遺書 白い少女」
    「遺書 白い少女」より。桜田淳子さんと田中健さん。
  • 1977年「若い人」
  • 1977年「愛情の設計」
  • 1978年「愛の嵐の中で」
    「愛の嵐の中で」
    「愛の嵐の中で」より。桜田淳子さんと岸田森さん。

と、5作品で立て続けに主演を務めており、桜田淳子さんは、映画スターとしての地位も確立しています。

桜田淳子は20歳の時に舞台「おはん長右衛門」で長谷川一夫より相手役に指名されていた

また、桜田淳子さんは、1978年、20歳の時には、演劇界の大御所・長谷川一夫さんから直々に指名を受け、舞台「おはん長右衛門」に出演しているのですが、

初舞台ながら、長谷川一夫さんの相手役を熱演し、女優としても高く評価されたのでした。

桜田淳子は30歳の時に「アニーよ銃をとれ」で史上最年少で「芸術祭大衆芸能部門」の優秀賞を受賞していた

そんな桜田淳子さんは、1979年、21歳の時には、市川崑監督作品「病院坂の首縊りの家」で一人二役という難役を務めると、

「病院坂の首縊りの家」
「病院坂の首縊りの家」より。

1980年、22歳の時には、初主演ミュージカル「アニーよ銃をとれ」で、史上最年少で「芸術祭大衆芸能部門」の優秀賞を受賞するなど、女優としての才能が大きく開花しており、

1983年9月5日、25歳の時には、38枚目のシングル「眉月夜」のリリースを最後に、歌手活動に終止符を打つと、女優業に専念し、以降、数多くの映画、テレビドラマ、舞台に出演しています。

「眉月夜」
「眉月夜」

ちなみに、桜田淳子さんが所属していた「サンミュージック」の元専務で名誉顧問の福田時雄氏は、2016年のインタビューで、

萩本欽一さんには『福田さん、この子は歌なんて歌ってる子じゃないよ』と言われたし、テレビ局のプロデューサーにも『今は淳子ちゃんと呼んでいるけど、そのうちに桜田さんと呼ぶようになる日がくる』と言われました。

女優を続けていたら、今ごろは明治座の看板を背負っていたかもしれない。『放浪記』なんかも見れたかな。この年になって、そんなことをふと、思ってしまうんです

と、語っており、桜田淳子さんの女優としての才能を絶賛しています。

桜田淳子は34歳の時に統一教会の信者であることと合同結婚式への参加を公表し芸能活動を休止していた

しかし、桜田淳子さんは、1992年、34歳の時、突如、記者会見を開くと、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の信者であることと、韓国・ソウルで開催される合同結婚式へ参加することを表明。

(実は、桜田淳子さんは、19歳で統一教会に入信するも、長らくその事実を伏せて活動を続けていたのでした)

これに対し、所属事務所「サンミュージック」の相澤秀禎社長は、桜田淳子さんに、

統一教会を脱会しない限り芸能活動を続けるべきではない

と、説得したそうですが、桜田淳子さんの考えは変わらなかったそうで、

桜田淳子さんは、翌1993年に公開された映画「お引越し」への出演を最後に、事実上、芸能活動を休止したのでした。

created by Rinker
オデッサ エンタテインメント

(桜田淳子さんは、その後、1996年12月15日には、都内で行われた「統一教会クリスマスフェスティバル」に参加しているのですが、これを最後に公の場から姿を消しています)

桜田淳子の現在は?

その後、桜田淳子さんは、3人の子供に恵まれ、長らく家庭生活を優先する日々を送っていたそうですが、

2006年、14年間の沈黙を破り、著書「アイスル ジュンバン」を出版すると、

2013年には、恩師である「サンミュージック」の代表取締役会長・相澤秀禎氏の通夜に参列して、1996年以来、約16年半ぶりに公の場に姿を見せたのをきっかけに、断続的に芸能活動を再開しています。

ただ、教団を巡る社会的情勢や反対の声もあり、本格的な復帰には至っていません。

桜田淳子のディスコグラフィー(シングル)

それでは、最後に、桜田淳子さんのディスコグラフィー(シングル)と出演作品をご紹介しましょう。

シングルでは、

  • 1973年「天使も夢みる」
  • 1973年「天使の初恋」
  • 1973年「わたしの青い鳥」
  • 1973年「花物語」
  • 1974年「三色すみれ」
  • 1974年「黄色いリボン」
  • 1974年「花占い」
  • 1974年「はじめての出来事」
  • 1975年「ひとり歩き」
  • 1975年「白い風よ」
    「白い風よ」
    「白い風よ」
  • 1975年「十七の夏」
  • 1975年「天使のくちびる」
  • 1975年「ゆれてる私」
  • 1976年「泣かないわ」
  • 1976年「夏にご用心」
    「夏にご用心」
    「夏にご用心」
  • 1976年「ねえ!気がついてよ」
  • 1976年「もう一度だけふり向いて」
  • 1977年「あなたのすべて」
  • 1977年「気まぐれヴィーナス」
  • 1977年「もう戻れない」
  • 1977年「しあわせ芝居」
  • 1978年「追いかけてヨコハマ」
  • 1978年「リップスティック」
    「リップスティック」
    「リップスティック」
  • 1978年「20才になれば」
  • 1978年「冬色の街」
  • 1979年「サンタモニカの風」
  • 1979年「MISS KISS」
  • 1979年「パーティー・イズ・オーバー」
  • 1979年「LADY」
  • 1980年「美しい夏」
    「美しい夏」
    「美しい夏」
  • 1980年「夕暮れはラブ・ソング」
  • 1980年「神戸で逢えたら」
  • 1981年「化粧」
  • 1981年「玉ねぎむいたら・・・」
  • 1981年「ミスティー」
  • 1981年「This is a “Boogie”」
  • 1982年「窓」
  • 1983年「眉月夜」

桜田淳子の出演作品(映画)

映画では、

  • 1973年「恋は放課後」
  • 1973年「ときめき」※本人役
  • 1973年「ひとつぶの涙」
    「ひとつぶの涙」
    「ひとつぶの涙」より。桜田淳子さんと森田健作さん。
  • 1974年「涙のあとから微笑みが」
  • 1975年「スプーン一杯の幸せ」※主演
  • 1975年「花の高2トリオ 初恋時代」
  • 1975年「男はつらいよ 葛飾立志篇」
  • 1976年「遺書 白い少女」※主演
  • 1977年「若い人」※主演
  • 1977年「愛情の設計」※主演
    「愛情の設計」
    「愛情の設計」より。桜田淳子さんと佐藤佑介さん。
  • 1977年「昌子・淳子・百恵 涙の卒業式・出発」
  • 1978年「愛の嵐の中で」※主演
  • 1979年「病院坂の首縊りの家」
  • 1980年「動乱」
  • 1987年「おれは男だ! 完結編」
  • 1987年「イタズ」
  • 1988年「海へ See you」
  • 1989年「善人の条件」
  • 1989年「花の降る午後」
    「花の降る午後」
    「花の降る午後」より。古手川祐子さん(左)と桜田淳子さん(右)。
  • 1990年「オーロラの下で」
  • 1990年「白い手」
  • 1991年「ストロベリー・ロード」
  • 1991年「曼荼羅 若き日の弘法大師・空海」
  • 1993年「お引越し」

桜田淳子の出演作品(テレビドラマ)

テレビドラマでは、

  • 1974年「となりのとなり」
  • 1975年「あこがれ共同隊」※ヒロイン
    「あこがれ共同隊」
    「あこがれ共同隊」より。桜田淳子さんと西城秀樹さん。
  • 1977年「気になる季節」
  • 1978年「初恋通りゃんせ」※主演
  • 1979年「かたぐるま」※ヒロイン
  • 1980年「愛の教育」※主演
  • 1981年「玉ねぎむいたら・・・」※主演
  • 1982年「街―若者たちは今」※主演
  • 1983年「外科医 城戸修平」※ヒロイン
    「外科医 城戸修平」
    「外科医 城戸修平」より。
  • 1984年「25才たち・危うい予感」※主演
  • 1985年「澪つくし」
  • 1986年「女マンガ家故郷へ帰る」※主演
  • 1987年 NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」
  • 1988年「ニューヨーク恋物語」
  • 1989年「池中玄太80キロIII」
  • 1990年「世にも奇妙な物語『ゴミが捨てられない』」
  • 1991年「警察官の妻たち」
  • 1992年「オバサンなんて呼ばないで!」
    「オバサンなんて呼ばないで」
    「オバサンなんて呼ばないで!」より。
Sponsored Link

桜田淳子の出演作品(舞台)

舞台では、

  • 1978年「おはん長右衛門」※ヒロイン
  • 1980年「おはん長右衛門」※ヒロイン
  • 1980年「アニーよ銃をとれ」※主演
  • 1983年「大奥最後の日」
  • 1983年「アニーよ銃をとれ」※主演
  • 1983年「淳子とタモリの“あなただけ今晩は”」
  • 1984年「細雪」
  • 1984年「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」※ヒロイン
  • 1985年「細雪」
  • 1985年「細雪」
  • 1986年「エドの舞踏会」
  • 1986年「細雪」
  • 1986年「十二夜」
  • 1986年「アニーよ銃をとれ」※主演
  • 1988年「女坂」
  • 1988年「細雪」
  • 1989年「細雪」
  • 1989年「野田版・国姓爺合戦」
  • 1990年「細雪」
  • 1990年「細雪」
  • 1991年「楡家の人びと」
  • 1991年「墨東綺譚」

ほか、数多くの作品に出演しています。

「桜田淳子が統一教会に入信した経緯は?当初は姉が入信するも反対!現在は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

Sponsored Link