1996年、19歳の時、「ロングバケーション」で連続ドラマに初出演したのを皮切りに、「ラブジェネレーション」「HERO」と、フジテレビ系列の月9ドラマに出演し、一躍、注目を集めると、その後も、女優として活躍するかたわら、歌手としての才能も発揮し、2014年、声優として主演を務めたディズニー映画「アナと雪の女王」では、歌唱も担当した、日本語吹き替え版劇中歌「レット・イット・ゴー」がフル配信100万DLを達成するほどの反響を呼んだ、松たか子(まつ たかこ)さんですが、もともとは、お父さんである二代目松本白鸚さんの主演ミュージカル「ラ・マンチャの男」を観て、女優の道に進もうと思ったといいます。
年齢は?出身は?身長は?
松さんは、1977年6月10日生まれ、
東京都の出身、
身長165センチ、
血液型はA型、
学歴は、
白百合学園幼稚園・小学校・中学校・高等学校
⇒堀越高等学校(転校)
⇒亜細亜大学国際関係学部中退
特技は、ピアノ、日舞、乗馬、
趣味は、料理、テレビゲーム、映画観賞、作詞、プロ野球観戦、写真、カラオケ、ドライブ、裁縫、
だそうです。
本名は?芸名の由来は?
松さんの本名は「佐橋隆子(さはし たかこ)」(旧姓・藤間)で、「松たか子」は芸名なのですが、初代・中村吉右衛門さんの娘で、松さんの祖母である正子さんが、小唄をたしなみ、「松派」という流派を率いていたことから、(唄も踊りもうまい)芸達者な正子さんにあやかり、お父さんの二代目松本白鸚さんに「松」と名付けられたのだそうです。
(お父さんは「松本白鸚」さん、兄は「松本幸四郎」さん、姉は「松本紀保」さんと、家族そろって芸名では「松本」を名乗る中、松さんだけが違う形となっています)
また、日本舞踊松本流名取として、「初代 松本 幸華(しょだい まつもと こうか)」も名乗っています。
ちなみに、
お父さんは、歌舞伎俳優の二代目松本白鸚さん、
お母さんは、実業家の藤間紀子さん、
お姉さんは、松本紀保さん、
お兄さんは、歌舞伎俳優の十代目松本幸四郎さんで、
歌舞伎俳優の八代目市川染五郎さんは甥、故・二代目中村吉右衛門さんは叔父、川原和久さんは義兄という、芸能一家です。
家系図
また、家系図は以下の通りです。
小学6年生の時に父・松本白鸚のミュージカル「ラ・マンチャの男」を観て女優になるのかなと感じていた
松さんは、歌舞伎俳優の二代目松本白鸚さんとお母さんの藤間紀子さんのもと、3人兄弟姉妹(姉と兄)の末っ子として誕生すると、1993年、16歳の時には、中村勘三郎さんに勧められ、歌舞伎座の公演「人情噺文七元結」のお久役で初舞台を踏むと、
(※女性も16才までは子役として歌舞伎に出られるそうです)
翌1994年には、NHK大河ドラマ「花の乱」で、少女時代の日野富子役でテレビドラマデビューを果たすのですが、実は、その前に、松さんが女優の道に進もうと思った出来事があったといいます。
それは、松さんが小学6年生の時のこと、お父さんの二代目松本白鸚さん主演のミュージカル「ラ・マンチャの男」の大阪公演が幕を開けた時、おばあちゃんの正子さん(白鸚さんの母親)が危篤との知らせが入ったそうですが、
白鸚さんは、それまで、(おばあちゃんの看病のために)病院と稽古場の往復で疲労がピークに達していて、声の調子もベストとは言い難い状態だったそうで、
(この時点では、白鸚さんは、自分の母親が危篤だとは知らなかったそうです)
松さんは、そんなお父さんの姿に、
こんな姿をお客さんに見せてほしくない
と、一瞬、怒りを感じたそうですが、
(それまで、松さんにとって、お父さんはいつも完璧でかっこよく、弱みを1ミリも見せないヒーローだったため)
次の瞬間、舞台のお父さんが、ボロボロになっても夢を追い続ける、本物のドン・キホーテに、また、そんなドン・キホーテの物語を描いたセルバンテスに重なって見え、そんなお父さんの姿に拍手を送るお客さんたちの様子に心から感動したそうで、
松さんは、後に、白鸚さんとの往復書簡集で、その時のことを、
祖母への思いなのか、泣きながら観ている兄の隣りで、私は不思議と冷静に舞台を見つめていました。そのとき私は、「私も芝居の道に進むのかな」と思ったんです。「芝居がやりたい!」という思いとはまた違うんだけど、あの気持ちは未だに上手く説明できません
と、綴っています。
「松たか子は若い頃は木村拓哉との共演で注目を集めていた!」に続く