1980年、オーディション番組「スター誕生!」に見事合格し芸能界入りすると、1982年には「笑っていいとも!」の初代「いいとも青年隊」に抜擢された、久保田篤(くぼた あつし)さん。ジェームズ・ディーン風(?)なリーゼントスタイルでお茶の間の人気を博すも、1985年「いいとも」卒業後は意外な才能を発揮します。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
久保田さんは、1959年10月26日生まれ、
福岡県のご出身、
身長173センチ、
靴のサイズは26センチ、
血液型はO型、
学歴は、
九州工業高等学校(現・真颯館高等学校)卒業、
ちなみに、久保田篤は本名で、
愛称はあっちゃん、
現在は、パチンコ動画で「マンション久保田」の芸名で活動されています。
スター誕生~羽賀研二や野々村真と初代「いいとも青年隊」
久保田さんは、1980年、オーディション番組「スター誕生!」に出場されると、「第33回決戦大会」で見事「CBSソニー」「フォーライフ」「田辺エージェンシー」の3社からスカウトされて合格。
(「スター誕生!」は視聴者参加型の歌手オーディション番組で、決勝大会では、芸能事務所、レコード会社のスカウトマンが審査員を務め、参加者に1社でもプラカードがあがると、自動的に合格するしくみになっていました。)
通常なら、その後、合格者は歌手デビューが約束されていたのですが、久保田さんはというと、レコードデビューはならず、(「スター誕生!」からレコードデビュー出来なかったのは、唯一、久保田さんのみ)
同年10月、「タモリの突撃ナマ放送」でタモリさんのアシスタントを務めると、1982年10月には、お昼のバラエティ番組「森田一義アワー 笑っていいとも!」の初代「いいとも青年隊」として、羽賀研二さん、野々村真さんとともに抜擢されたのでした。
(左から)野々村真さん、久保田さん、羽賀研二さん。
パチプロ~パチンコで2軒もマンション購入
こうして、久保田さんは、トレードマークのポマードベタベタのリーゼント姿が人気を集めるのですが、「いいとも青年隊」は、1985年3月で卒業されると、
その後は、テレビドラマや映画に出演されるなど俳優として活動を続けるかたわら、「パチプロ」としても活動。
実は、久保田さんは、10代の頃、とある有名なクギ師にノウハウを仕込まれたそうで、野々村真さんいわく、その腕前は、
僕らが収入の無い頃は、あっちゃんにパチンコで食わせてもらった
と語るほど。(この頃の「いいとも青年隊」の給料は15万円ほどだったそうです)
なんと、久保田さんは、パチンコの収入でマンションを2軒も購入しているそうで、1996年には、自著「俺はパチンコでマンションを買った」を出版されると、その際、「マンション久保田」の名が定着しており、
以降、パチンコ漫画の執筆、CS放送のパチンコ番組、パチンコ雑誌での攻略法伝授など、パチンコタレントとして活躍するようになったのでした。
俺はパチンコでマンションを買った―“いいとも流”パチンコ必勝の五原則 (ポケットブック)
ちなみに、「いいとも青年隊」として活動していた頃には、写真週刊誌「FOCUS」に、「パチンコ店に開店前から並ぶ芸能人(アイドル)」という見出しで掲載されたこともあったことなどから、当時のプロデューサーからは、自粛するよう厳しく叱責を受けたこともあったそうですが、今となっては、まさに「芸は身を助く」ですね。
杉浦幸と?
また、久保田さんは、2001年には、元人気アイドルの杉浦幸さんと、テレビ番組「全国ガチンコ!パチ巡りの旅」で共演されているのですが、
(杉浦さんは、1985年、テレビドラマ「ヤヌスの鏡」のヒロインでデビューすると、翌年の1986年にはファーストシングル「悲しいな」がヒットを記録するなど、1980年代後半に活躍した元人気アイドルですが、その後、1990年に当時の所属事務所を退所すると、趣味だったパチンコに熱中。CS放送のパチンコ番組に頻繁に出演し、「パチドル(パチンコ・アイドル)」として活動されています)
「全国ガチンコ!パチ巡りの旅」より。久保田さんと杉浦幸さん。
この番組では、プロに弟子入りしない限りアドバイスしてもらえないような細かくも大事な話や、釘読みの方法を久保田さんがユーモアを交えて教えられていたそうで、パチンコ好きにはとてもためになる番組で好評だったそうです。
ただ、残念ながら、10回の放送で終了。
今でも、久保田さんの解説はもちろん、杉浦さんとの掛け合いや、二人が真剣にパチンコに打ち込んでいる姿を惜しむ(番組の復活を望む)声が上がっているようです。
「久保田篤が逮捕?現在は別府?嫁は?船越英一郎とは兄弟?」に続く