1965年、スカウトされて日活に入社されると、主にヤクザもののアクション映画に出演され、しばらくは脇役での出演が続くも、1970年「女番長(スケバン) 野良猫ロック」で主演に抜擢されると、一躍脚光を浴びた、梶芽衣子(かじ めいこ)さん。今回は、その後にブレイクした「女囚さそり」シリーズを中心にご紹介します。
「梶芽衣子の若い頃は大物女優にブチ切れ!主演断り干されて死体役も!」からの続き
「女囚さそり」シリーズで大ブレイク
「野良猫ロックシリーズ」で一躍人気を博した梶さんですが、その後、「日活」が路線をロマンポルノに変更したことから、1971年には、「日活」を退社してフリーに。
すると、翌年の1972年には、藤純子(現・富司純子)さんが引退したことで、藤さんの代わりとなる女優を探していた「東映」に誘われて入社され、
「銀蝶渡り鳥」
「銀蝶流れ者・牝猫博奕」
「銀蝶渡り鳥」より。梶さんと梅宮辰夫さん。
と、出演されていたのですが、
同年、映画「女囚701号・さそり」で、恋人に裏切られた挙げ句、冤罪によって収監された女囚701号こと、松島ナミ役に抜擢されると、スタイリッシュな演出と、梶さんの極端に少ないセリフ、冷たい目の表情の演技がハマり、映画は大ヒットを記録します。
「女囚701号・さそり」より。梶さんと渡辺やよいさん。
「怨み節」もヒット
さらには、1972年12月にシングルとしてリリースした、同映画の主題歌「怨み節」が37万枚を売り上げる大ヒットを記録。
「怨み節」
(一言もしゃべらない、と提案したのは梶さんだそうで、監督はしばらく悩まれたそうですが、最終的には梶さんの提案を受け入れ、見事にヒット。ただ、さすがに、一言もしゃべらないという訳にはいかなったそうですが。)
そして、この映画は、
「女囚さそり 第41雑居房」(1972年12月)
「女囚さそり けもの部屋」(1973年7月)
「女囚さそり 701号怨み節」(1973年12月)
「女囚さそり 第41雑居房」より。
「女囚701号・さそり」より。
と、シリーズ化される人気作となったのでした。
「女囚さそり」シリーズが原因で婚約者との結婚が解消していた
ところで、梶さんは、この「女囚さそり」シリーズの大ヒットで、婚約が破談となっていたというのです。
実は、梶さんは、この当時(25歳)、大手レコード会社のディレクターと婚約されており、結婚後は、婚約者の意向で芸能界を引退し、専業主婦になるつもりでいたそうですが、「女囚さそり」シリーズの大ヒットで、簡単に女優業を辞められなくなってしまい、婚約者からDVも受けていたことから、別れられたというのです。
結局、その後、梶さんは、現在まで一度も結婚されておらず、独身を貫いておられるのですが、
別れる時、婚約者からは、
「絶対に仕事は辞めない」
「どんな相手とも結婚はしない」
と、2つのことを約束させられたのだとか。
まさか、この約束を律儀に守って、これまで独身を貫いてこられた訳でもないとは思いますが、
「恋愛するな」
とは言われていないことから、たくさん恋はしてこられたとのこと。
ちなみに、元婚約者は、梶さんと別れてすぐ、別の女性と結婚されたそうです(笑)
「梶芽衣子の出演ドラマ映画を画像で!タランティーノも大ファン?」に続く