俳優としてだけでなく、その軽快な話術や機転の良さで、バラエティ番組にもひっぱりだことなった、山城新伍(やましろ しんご)さんですが、プライベートでは身勝手が過ぎ、一人娘から絶縁までされていたようです。

「山城新伍はどん兵衛CM共演の川谷拓三から嫌われていた?」からの続き

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花園ひろみと結婚&離婚を繰り返す

山城さんは、1966年、東映ニューフェイスの同期生で、女優の花園ひろみさんと結婚されています。

山城さんは、花園さんに夢中だったようで、ドライブでのデート中、湖を前に、

結婚してくれなかったら、突っ込んで死ぬ

と、プロポーズして、結婚に至ったのだとか。


仲睦まじい様子の花園ひろみさんと山城さん。

そして、結婚後は、女の子が誕生しているのですが、1985年には山城さんの浮気が原因で離婚。

ただ、その後、山城さんが、

復縁したい

今でも愛している

と、再三、花園さんにラブコールを送り続けたことで、これを受け入れた花園さんと1991年に再婚。

しかし、再び、山城さんの浮気が原因で、1999年8月、離婚されています。

派手な女性関係で自らプレイボーイを名乗る

ところで、離婚の原因となった、山城さんの「浮気」ですが、山城さんは、芸能界に入った理由について、

女とやれるから俳優になった

と、自慢気に話していたこともあったそうで、自ら「プレイボーイ」と名乗るほど女性関係が派手だったそうです。

しかも、相手は、プロの女性だけではなく、タレント、女優、さらには、一般人にまで次々と手を出しては、愛人にしていたそうですが、

結婚記念日や娘の誕生日といった、家族の行事も顧みずに愛人と過ごしていたうえ、愛人に貢ぐために娘の学費保険の積立金にまで手を出したり、娘の同級生と知りながら、手を出して、肉体関係まで持ったりしていたそうなので、

さすがに、そんな山城さんの身勝手さに、花園さんも愛想を尽かしたようです。

本当はモテなかった?

ちなみに、山城さんは、芸能人では、川島なお美さん、早乙女愛さん、山口美江さん、濱田のり子さん、川上麻衣子さんなどを愛人にしていたと言われているのですが、

自分で「プレイボーイ」と名乗る割りには、週刊誌でスクープされた女性関係の記事はそれほど多くなく、愛人にしていたのは、まだ無名な大部屋女優や、駆け出しの女優が多かったのでは、と言われています。

また、

口の割には気が小さく、松方弘樹と違って金払いが良くない。だから女性からは嫌われていましたよ。

との東映関係者の証言や、

自分で誘ってバーに行ったら、自分の飲み代も支払わないで勝手に帰った。

と話す映画関係者もいるほか、

関係が噂された山口美江さんに至っては、山城さんの必死の口説きに辟易(へきえき)としていたことを、後に語っておられたそうで(実名は伏せられていたそうですが、明らかに山城さんと分かったそうです)、

山城さんの場合、往年の映画スターが豪快に女性たちと遊ぶ・・・というのとは、ちょっと違っていたようです。

娘は?

ところで、山城さんと花園さんの間には、夕子さんという、一人娘がいらっしゃいます。


娘の南夕花さんと山城さん。

夕子さんは、1986年、テレビドラマ「夢恋し」で主演でデビューされると(「南夕子」名義)、1992年には、「新伍のワガママ大百科」で、お父さんの山城さんと親子共演(本名の「渡辺夕子」名義)。

1998年には、月曜ドラマスペシャル「監察医薮野善次郎6 死体は知っている」でも、再びお父さんの山城さんと共演し(「南夕花」名義)、良い関係を築かれているかと思われたのですが・・・

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娘から絶縁宣言されていた

山城さんが2度目の離婚をした後の2000年、娘の夕子さんが、

もう娘でもない、守っていただかなくてけっこう。母のことは私が守ります。

いつか結婚することになっても、バージンロードを歩くつもりはありません。今、父にはっきり伝えたいのは「さよなら」という言葉です。

と、某雑誌で絶縁宣言。籍まで抜かれてしまったようです。

「山城新伍の晩年は離婚⇒ホテル1人暮らし⇒糖尿病入院⇒老人ホーム!」に続く

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