1975年、日本でレベルの高い俳優を輩出したいとの思いから、「無名塾」を設立された、仲代達矢(なかだい たつや)さんですが、自身の俳優としての快進撃もまだまだ続きます。
「影武者」では勝新太郎の代役で「カンヌ国際映画祭グランプリ」受賞
仲代さんは、1980年にも、黒澤明監督作品「影武者」に出演して、武田信玄とその影武者である泥棒の2役を演じ、見事、「カンヌ国際映画祭グランプリ」を受賞されているのですが、
「影武者」より。
実は、この役、黒澤監督との確執で降板した勝新太郎さんの代役として、急遽、抜擢されたという経緯があり、仲代さんと勝さんは古い友人だったため、
仲代さんは、黒澤監督からオファーを受けた当初は、
勝さんとは友達なんで、勝さんと話をします。話をして、勝さんのOKを取れれば、私はそれやります。
と言って、勝さんに連絡を取ったそうです。
しかし、いくら電話しても、探しても、勝さんは捕まらなかったそうで、
(後に、仲代さんは、今になって考えてみると、勝さんの立場で、OKだとか駄目だとかは言えない訳で、勝さんなりに気を遣われたんだと思う。とおっしゃっています。)
それでも、仲代さんは、黒澤監督には深い恩義を感じていたため、最終的には、この代役を引き受け、記者会見を開かれると、
記者会見では、記者に、代役はどうかと聞かれたことから、
いや、私は代役だとは思っていません。世界中の俳優が黒澤さんの映画に出たい、それは事実なんで、私が監督のセカンドイメージであれば、喜んで、勝さんにどうのこうの関係なしに、喜んでお引き受けいたします。
と答えられたのですが、
翌朝のスポーツ誌には、
喜んで出る
喜んで出る
と、見出しが並んだそうで、
まるで仲代さんが大はしゃぎをしているような印象を与えてしまい、「役者の仁義に反する奴だ」「けしからん」などと批判されたうえ、脅迫電話もたくさんかかってきたのだそうです。
しかも、映画が完成して公開された後も、仲代さんによると、
信玄は仲代なりにできましたが、泥棒の方はどうも勝さんの動きが出てしまう。評論家に「勝の方がよかったのでは」と言われ、思わず「勝さんの影武者を見たのか」と反論しました。
しかし、妻(元女優で演出家の宮崎恭子さん)まで「泥棒は勝さんの方がよかったわね」って…。でもカンヌ国際映画祭の最高賞を受賞しましたし、後悔はしていません。
と、代役ならではの苦労があったことを明かされているのですが、「カンヌ国際映画祭」の最高賞を受賞したことで、見事、意地悪なマスコミを見返されたのでした。
「乱」
そんな仲代さんは、1985年には、シェークスピアの「リア王」をベースに毛利元就の故事「三本の矢」に着想を得て、構想10年、総製作費26億円以上を投じた、黒澤監督の大作「乱」で、子供たちに裏切られ、狂気に取りつかれる秀虎役を熱演されているのですが、
「乱」より。
撮影はかなりのリスクを伴うものだったにもかかわらず、仲代さんは、
燃えさかる城の長い階段を私が降りてくる場面の撮影は忘れられません。あの城の製作費は4億円だそうで、「君が転んだら4億円がパーだ」と黒澤さんに言われました。
城の中で待機していると、火がつけられて燃え始める。スタッフはみんな避難して私1人。不思議に落ち着いた気持ちで歩き始めました。急な階段ですが、正気をなくした役なので、足元を見ちゃいけない。背後では城が炎上している。
役者って、画(え)になりさえすれば、何だってやってしまうんですよ。
と、充実感を見せられており、
60年以上俳優をやっていて、一番多く出演料を頂いた
これまで日本のいろんな監督に育ててもらったが、黒澤先生には特に厳しく育ててもらった
と、語っておられました。
(ちなみに、仲代さんは、当時、51歳だったのですが、秀虎は70代の設定だったため、毎回4時間かけて、シワを全部メイクで作り、顔の中で仲代さんご本人のものだったのは、目だけだったそうです。)
「帰郷」
また、仲代さんは、2020年には、87歳にして、渡世人として生きることを選んだ男の懺悔と贖罪、そして希望を描いた、藤沢周平氏の同名小説を原作とする映画「帰郷」で、30年を経て故郷・木曾福島に帰る主人公・宇之吉役を演じられているのですが、
「帰郷」より。
共演者の常盤貴子さんは、
最初に撮影したのは、ずぶ濡れでボロボロになった宇之吉がおくみを訪ねてくるシーン。スタジオに入って来られたときから、何かにつかまっていないと倒れてしまいそうな弱々しい雰囲気で、お歳もお歳ですから、大丈夫かなとすごく心配していました。
と、当初は仲代さんの体調を心配されたそうですが、
撮影終了後には、エレベーターで元気な仲代さんを見かけ、
あれは演技だったのか!と驚きました。役をまとってスタジオに入ってらっしゃった。気迫が迫ってくるのを初めて体感し、すごくいい経験をさせていただきました。
と、仲代さんの役者魂に感銘を受けられたほか、
もう一人の共演者で、約30年ぶりに仲代さんと共演された、緒形直人さんも、
ずっと憧れです。俳優としても男としても、とてもかっこいい人。共演は飛び上がるほどうれしかった。
ずいぶん間が空いたものですから、この間の成長をどうしても届けたい、今回こそは足を引っ張らずにやり遂げるんだ、という思いでした。
しかし、見事惨敗です。また駄目を出されるのは僕だけ(笑)。僕の芝居に何度も付き合っていただいた。ただ今回ご一緒できたことで、階段を1段も2段も上がれた気がしています。次も、ぜひ喰らいついていきたい。
と、仲代さんに対し畏敬の念を持っておられるコメントをされており、
さすが、「無名塾」で45年指導を続けておられるだけあって、仲代さんは、今や多くの俳優の生きた見本となられているようです。