時代劇「暴れん坊将軍」で一躍国民的な人気を博すと、近年は、「マツケンサンバ」で新境地も開拓された、松平健(まつだいら けん)さん。今回は、そんな松平さんの生い立ちからご紹介します。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

松平さんは、1953年11月28日生まれ、
愛知県豊橋市のご出身、

身長は178センチ(お母さんは150センチと小柄で華奢(きゃしゃ)だったそうですが、お父さんは172センチと当時としては背が高く、骨格ががっしりしていたそうで、松平さんはお父さんに似たようです)

血液型はB型、

学歴は、
豊橋市立青陵中学校
⇒愛知県立豊橋工業高等学校中退

趣味は、ドライブ、ウォーキング、

特技は、乗馬、殺陣、

また、松平さんは運動神経が抜群だったそうで、小・中学校時代は水泳部に所属していたそうですが、中学1年生の時、サッカー部に誘われると、サッカー部にも所属。以降、しばらくは、水泳部とサッカー部を掛け持ちしていたそうです。(サッカー部ではキーパーで、レギュラーだったそうです)

ちなみに、本名は「鈴木末七(すずき すえしち)」で、愛称は「マツケン」「ケン様」「上様」ですが、当初は、「松本二郎(まつもと じろう)」名義で活動されていたそうです。

幼少期は貧乏だった

松平さんは、元軍人で大工の棟梁(床の間専門)だった父・太市さんと母・いつさんのもと誕生するのですが、7人兄弟の末っ子で、お母さんが42歳の時の子どもだったそうで、兄弟は、戦前生まれ4人と戦後生まれ3人に分かれ、一番上のお姉さんとは20歳も離れていたそうです。

そんな大家族だったにもかかわらず、お父さんは、大工としての腕は良かったものの、自分の気に入った仕事しかせず、さらには、大酒飲みだったため、家計は苦しかったそうです。

ただ、お母さんはとても辛抱強い人で、しょっちゅう夫婦喧嘩しつつも、内職や近所の工場で働いて家計を支えていたそうで、いつ寝ているか分からないほど、朝から晩まで働き詰めだったそうです。

(お父さんは、松平さんが16歳の時に他界されたそうです)

少年時代は母親思いの子どもだった

そんなお母さんのことを、松平さんは、食事の際、松平さんのお皿には焼き魚があっても、お母さんのお皿には焼き魚がないことが度々あることに気づき、不憫(ふびん)に思ったそうで、

小学生の頃には、お母さんの仕事が終わるまで、公園のブランコに座って待ち、お母さんと手をつないで家に帰ったそうで、とてもお母さん思いの子どもだったようです。

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石原裕次郎主演映画「太平洋ひとりぼっち」を観て俳優になる決意をする

そんな松平さんですが、10歳の時、お父さんが、当時、豊橋にあった「広小路日活会館」(2001年閉館)という「日活」の映画館の社長さんの家を建てたことから、そのお礼にと、映画の招待券が送られてきたそうで、

ある日、松平さんは、その招待券で、石原裕次郎さん主演の映画「太平洋ひとりぼっち」(市川崑監督作品)を観たそうですが、

(松平さんは、もともと渡哲也さんのファンだったそうですが)

裕次郎さん演じる主人公が「マーメイド号」に乗って太平洋を単独横断する姿に込められた、「男は一人で冒険するものだと」というメッセージに心を動かされ、俳優になる決意をされたのだそうです。

「松平健は昔ウルトラマンタロウの最終選考で落選していた!」に続く

太平洋ひとりぼっち

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