1966年、空想特撮シリーズ「ウルトラマン」の科学特捜隊・アラシ隊員役で子供たちに人気を博すと、以降、数多くのテレビドラマ、映画に出演するほか、ラジオ番組「ミュージックプレゼント」では、50年以上もパーソナリティを務めている、毒蝮三太夫(どくまむし さんだゆう)さんですが、プライベートはどのようなものだったのでしょう。今回は、そんな毒蝮さんの奥さんとの馴れ初めやプロポーズについてご紹介します。
「毒蝮三太夫は草笛光子にも「ババア」と言っていた!」からの続き
妻には一目惚れだった
毒蝮さんは、1963年、26歳の時、三越デパートに勤務していた、みさをさんと結婚しています。
みさをさんとは、1959年、毒蝮さんがまだ本名の「石井伊吉」で三越劇場に出演していた際、三越デパートに勤めていた知り合いの女性が、同僚のデパートガール(エレベーターガール)であるみさをさんを連れて差し入れに来てくれたことがきっかけで知り合ったそうですが、
(知り合いの女性は、彼氏のいないみさをさんに、誰かを紹介しようと連れてきたのだそうです)
毒蝮さんは、
そのときに、はじめて会ったんだけど、みんなが「きれいな子だなぁ。可愛い子が来た」って言っていて、俺もそうだなぁと思ったんですよ。嫁さんにいいなぁって。
と、みさをさんに一目惚れしたそうで、
この人がお嫁さんになる人だなぁ
と、直感で思ったのだそうです。
(ちなみに、毒蝮さんがそんな風に思ったのは、みさをさんが初めてだったそうですが、その時の毒蝮さんはというと、やっていたお芝居が野菜が擬人化されていた話だったことから、「オレンジ男爵」という、オレンジ色のメイキャップにオレンジ色の衣装という出で立ちだったそうです(笑))
積極的にアプローチするも当初は遊び人と思われ相手にされなかった
そんな毒蝮さんは、さっそく、(当時は携帯電話がない時代だったため)みさをさんの職場の三越デパートにせっせと電話をしたそうですが、
みさをさんはというと、役者である毒蝮さんは遊び人に違いないと思い、まともに相手をしてくれなかったそうです。
それでも、毒蝮さんがあきらめず、せっせと連絡をし続けると、ようやく会ってくれるようになり、その後、何度か映画や食事に一緒に行くようになったのだそうです。
結婚を前提とした交際を申し込む
そして、初デートから2年ほど経った頃、毒蝮さんが、みさをさんを有楽町の駅の改札まで送って行った際、
これ以上ひとりで悩むのはイヤだから、俺を亭主として考えてくれないかな。1週間後に返事をくれ
と、結婚を前提で交際を申し込んだそうですが・・・
なんと、毒蝮さんは、この時、
はっきり返事してもらえないと、ほかの女を探す時間が減るから
と、言ってしまったのだそうです。
(毒蝮さん自身は覚えていないそうですが)
赤坂プリンスホテルで挙式
それでも、1週間後に会った際には、
みさをさんから、
そのつもりでお付き合いしましょう
と、返事されたそうで、
(毒蝮さんは嬉しくて、つい、「ばんざーい」と大声で叫んだそうです(笑))
こうして、毒蝮さんとみさをさんは、正式に交際することとなり、その後、赤坂プリンスホテルで結婚式を挙げたのでした。
(仲人は俳優の小林桂樹さん夫妻、司会は親友で落語家の立川談志さんが務めてくれたそうです)