10歳の時、お母さんが他界するも、伯母さん(母親の姉)が新しいお母さんとなり、愛情深く育てられたという、うつみ宮土理(うつみ みどり)さんは、その後、お母さんに褒められたことがきっかけで、みるみるうちに成績がアップしたといいます。
「うつみ宮土理の生い立ちは?10歳(小4)の時に母親が他界していた!」からの続き
母親の言葉で自分は天才かもしれないと思い始める
母親が他界後、伯母さん(母親の姉)が新しいお母さんとなり、愛情深く育てられたという、うつみさんですが、お母さんは、子供たちを褒めることも上手だったそうで、
クラスで一番ビリの成績だったうつみさんにも、
私の子どもはみんな天才なんだよ
と、言いながら、勉強を教えてくれたそうで、
そのうち、うつみさんは、自分はもしかしたら天才なのかもしれない、と思い始めたそうです。
国語の書き取りテストで100点を取ったことがきっかけで一転優等生に変身
実際、そんなある日のこと、うつみさんは、お母さんから、「国語の書き取りは、100回練習すれば100点取れるよ」と、言われたことから、その言葉に従い、一生懸命勉強すると、国語の書き取りのテストで本当に100点を取ることができたのだそうです。
(先生がみんなの前で拍手をしてくれたことがうれしく、今でも忘れられないそうです)
そして、家に帰ってお母さんにその答案用紙を見せると、お母さんはそれを仏壇に上げて、
ご先祖様、お集まりください。100点取りました。天才でした
と、言ってくれたそうで、
うつみさんは、このお母さんの言葉を聞いた瞬間、
こんなに自分のために喜んでくれて、私を愛してくれてる人がいる。それなら、この人のために、この人を喜ばせる人生を送りたい
と、思い、自分の硬かった脳みその皮がバリッと破れて、そこから光が差すような感じがしたそうで、
それまで、劣等生だったにもかかわらず、この日から180度変わり、必死になって勉強すると、以降、すべてのテストで100点が取れたそうで、小学校の卒業式では、卒業生総代の生徒と並び、努力賞の総代にまで選ばれたのだそうです。
(その後も、中・高校時代の成績はオール5、大学は首席で卒業し、卒業式で答辞を読んだのだそうです)
新しい母親は道しるべのような存在だった
また、お母さんは、礼儀作法に厳しく、
- 「お礼は必ず3回言う」・・・人にごちそうになったら、3回お礼を言う。すると、その人はごちそうして良かったと思うから
- 「天網恢恢、疎にして漏らさず(てんもうかいかい、そにしてもらさず)」・・・お天道様はお見通しだから、嘘はついてはいけない(この言葉は大きく部屋に書いてあったそうです)
など、教わったそうで、うつみさんにとってお母さんは道しるべのような存在だったそうで、今でも、迷った時には、お母さんだったらどうするかを考えると、答えが出るのだそうです。
「うつみ宮土理が若い頃は「ロンパールーム」のお姉さんだった!」に続く