夫の東海林誠さんとは、大学4年生の時、ESS(英語サークル)で知り合い、当初は、恋愛対象ではなかったものの、後にプロポーズされて結婚に至ると、結婚後は良好な関係を築いていたという、東海林のり子(しょうじ のりこ)さん。

今回は、そんな東海林のり子さんと亡き夫・東海林誠さん(2018年に他界)の間に誕生した、2人の子供(息子と娘)たちをご紹介します。

東海林のり子と家族

「東海林のり子の夫との馴れ初めは?結婚後の夫婦仲は?夫の死去後は激ヤセしていた!」からの続き

Sponsored Link

東海林のり子の息子は健で同じマンションの下の階に住んでいる

東海林のり子さんの息子さんは、健さんというそうで、健さんは1968年に誕生しているそうですが、東海林のり子さんは、子供についてほとんど明かしていないため、詳細は不明です。

ただ、健さんは、現在は、東海林のり子さんと同じマンションの下の階に住んでいるそうで、

(健さんは、1999年には仕事の関係で中国で暮らしていたそうです)

東海林のり子さんは、

(2018年にご主人が死去後)一人暮らしって寂しいのかと思ったら、寂しくないんですよ。自由に生活できる。息子たちは同じマンションの下の階に住んでますから、やっぱり何かあった時には助けてもらえる

夫の葬儀で息子が「これからは僕が母を守っていきます」とあいさつをしてくれました。それは、何だかうれしかったです。

と、語っており、息子さんを頼りにしているようです。

ちなみに、東海林のり子さんは、”推し活”をしているそうで、このことは息子さんには言えないそうですが、毎日、ウキウキして元気なことから、なんとなく、息子さんは察しているのでは、と思っているそうです。

東海林のり子の娘は亜紀で親子仲は良好

東海林のり子さんの娘さんは、亜紀さんというそうで、亜紀さんは、1971年に誕生したそうですが、息子さん同様、ほとんど明かしていないため、詳細は不明です。

ただ、亜紀さんは、お母さんの東海林のり子さんについて、取材に対し、

母は毎朝、暗いうちに起きて仕事へ行き、夜中帰ることもあったので、いつも身体は大丈夫なのかな?と思っていました。風邪なんか病気じゃないわよと話してましたし、弱音は吐きませんでしたね。

中2の夏休みに家族で伊豆へ旅行に行ったとき、御巣鷹山で日航機墜落事故が起きて、まだ着いて間もないのに取材へ行ってしまったことがあります。寂しくも感じましたが、子供心に責任ある仕事を任されているんだなと思いました

と、語っています。

また、東海林のり子さんは、しつけや門限が厳しかったそうで、亜紀さんは、「いつもいないくせに」と反発したこともあったそうですが、今、思うと、様々な現場を見てきたお母さんだからこそ、本気で心配してくれていたんだと分かるそうで、

亜紀さんは、

母が留守中に父と兄と3人で外食することもありましたが、やっぱり母が加わると盛り上がるんですよ。とぼけたこと言ったりして、楽しい人なので。

母が多忙を極めたころは距離感を感じたこともありましたけど、今は何でも相談できる友達親子のような関係です

と、語っており、母娘の仲も良好のようです。

Sponsored Link

東海林のり子は家族のおかげで仕事が続けられたと思っている

ちなみに、東海林のり子さんは、仕事を続けられたのは、家族の存在があったからだと思っているそうで、

頼りにしていたベビーシッターさんが急病で来られなくなり、子どもたちを見てくれる人を慌てて探すなど大変なこともありました。

ただ、私の場合は、家庭があったからこそ仕事を続けられたと思っています。ひとりだったら、気持ちを引きずってしまって、やっていけなかったかもしれないですね。

実際、男性の事件リポーターは辞める人が多いんです。一方、私はどんなに強烈な事件を取材しても、家に帰れば、家事もあるし、子どもたちが「ママ、明日、絵の具を持って行かなきゃいけないんだけど」と言ってくる。ドアひとつで気分を切り替えられたから、すごく良かったんです。

と、語っています。

「東海林のり子(90歳)の推しは30代男性!ヴィジュアル系バンドからはロックの母と慕われていた!」に続く

お読みいただきありがとうございました

Sponsored Link