1985年、レオナルド熊さんとの漫才コンビ「コント・レオナルド」として人気絶頂だった中、漫才コンビ「コント・レオナルド」を解散し、俳優業に復帰した、石倉三郎(いしくら さぶろ)さんですが、その前年の1984年には、生涯の伴侶となる、小料理屋「花菱」の女将・富久子さんと出会っていたといいます。

今回は、石倉三郎さんの妻・富久子さんとの、馴れ初め、結婚に至った経緯、結婚後の関係(夫婦仲)、子供についてご紹介します。

石倉三郎と妻

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石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との馴れ初めは?

石倉三郎さんは、1986年、東京都江東区門前仲町で小料理屋「花菱」を経営する(女将の)富久子さんと結婚しています。

石倉三郎さんは、36歳の時、漫才コンビ「コント・レオナルド」として、ようやく売れ、経済的にやっていけるようになったそうですが、

ある年の冬、地方ロケから帰った際、洗濯して干してあったパンツが凍っているの見て、なんだかわびしくなってきたそうで、

あれ、いまだったらオレ、所帯持てるな

と、急に結婚したくなったそうです。

そんな中、知り合いが、

サブちゃん(石倉三郎さん)のファンだっていう女将の店に行こう

と、誘ってくれたそうですが、

この時は、相方のレオナルド熊さんの方が人気があったことから、自分のファンなんて珍しいなと思いながら、会いに行ったそうですが、これが、富久子さんとの出会いとなったそうです。

石倉三郎は妻(「花菱」の女将)の気っ風がいいところに惹かれていた

すると、富久子さんは、石倉三郎さんよりも1つ年上の39歳だったそうで、

石倉三郎さんは、この若さでちゃんとしたお店をやっていることに、つい、

バックにハゲたおやじでもいるんだろう

と、言ってしまったそうですが、

富久子さんは、

冗談じゃないわよ!何失礼なこと言ってんのよ!

と、怒ったそうで、

これに、石倉三郎さんは、「お」と思ったといいます。

また、石倉三郎さんが「翌日、京都で仕事がある」と言うと、富久子さんは「七味唐辛子を買ってきてほしい」と頼んできたそうで、石倉三郎さんは「図々しいな」と思いながらも、気っ風(きっぷ)がいいところが気に入ったそうです。

そして、京都から帰った日に七味唐辛子を持って店に行くと、このことがきっかけとなり、一緒にカラオケに行くなど、急速に親しくなったそうで、出会って2ヶ月ほどで、婚約し結婚に至ったのだそうです。

(小豆島から出てきて同居していたお父さんに「俺の目の黒いうちに身を固めてくれ」と言われていたことと、富久子さんが作るぬか漬けが美味しかった(お母さんが作っていたのと同じ味だった)ことが、結婚の決め手だったそうです)

石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との結婚披露宴の司会はビートたけし

ちなみに、結婚披露宴の司会は、ビートたけしさんが務めてくれたそうで、

石倉三郎さんは、

芸人仲間が大勢来て、祝ってくれました。祝辞を述べるのに登壇したポール牧さんがコントの時と同じようにずっこけて倒れたり、白木みのるさんを、たけちゃん(びーとたけしさん)が『捕まった宇宙人です』って紹介したり、笑いが絶えなかったね

と、語っています。

石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との夫婦仲は?

そんな石倉三郎さんと富久子さんは、結婚後もずっと夫婦仲は良好のようで、

富久子さんは、結婚後も自身のお店「花菱」を続けているそうですが、石倉三郎さんも、週に2回は「花菱」に顔を出しているほか、毎年、お店の常連客と一緒に旅行に行っているといいます。

また、石倉三郎さんは、1989年には、富久子さんと「夫婦のれん」という曲もリリースしています。

「夫婦のれん」

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石倉三郎の子供は?

石倉三郎さんは、子供について、メディアでほとんど語っておらず、子供に関しての情報も全くないことから、子供はいないと考えられているのですが、

石倉三郎さんが子供を持たなかった理由については、お互い、仕事に情熱を持っていることや、夫婦水入らずの生活が心地良かったからかもしれませんね。

さて、いかがでしたでしょうか。

石倉三郎さんの、

  • 石倉三郎の生い立ちは?幼少期は極貧!中卒後就職も役者目指し上京していた!
    • 石倉三郎のプロフィール
    • 石倉三郎の本名は?芸名の由来は?
    • 石倉三郎が幼い頃は貧しい暮らしを強いられていた
    • 石倉三郎が小学生の頃は映画が心の支えだった
    • 石倉三郎は中学卒業後は次兄の勤める町工場に就職していた
    • 石倉三郎は20歳の時に役者になるため上京を決意していた
  • 石倉三郎が若い頃(下積時代)は高倉健の紹介で東映の大部屋俳優になっていた!
    • 石倉三郎は20歳で上京し青山のユアーズでアルバイトをしながら劇団の研究生になっていた
    • 石倉三郎は高倉健に紹介されて東映の大部屋俳優になっていた
    • 石倉三郎が25歳の時に東映東京撮影所を退社した理由とは?
    • 石倉三郎は東映退社後も高倉健にはずっと可愛がられていた
  • 石倉三郎が若い頃(下積時代)は坂本九とビートたけしを兄と慕っていた!
    • 石倉三郎が26歳~29歳の頃は舞台で活動するも役がつかず鳴かず飛ばずだった
    • 石倉三郎は29歳頃に坂本九からオファーを受けステージの司会を2年間務めていた
    • 石倉三郎は仲人予定だった坂本九の事故死を受け、喪に服して結婚式と披露宴を1年延期していた
    • 石倉三郎は29歳の時に漫才コンビ「チャップリンズ」を結成するも全くウケなかった
    • 石倉三郎は29歳頃にビートたけしと知り合い兄貴と慕うようになっていた
    • 石倉三郎は29歳~30歳頃に「チャップリンズ」を解散していた
  • 【画像】石倉三郎が若い頃はレオナルド熊と共にブレイクするも不仲だった?
    • 石倉三郎は33歳の時にレオナルド熊と漫才コンビ「ラッキーパンチ」を結成するも早々に解散していた
    • 石倉三郎は33歳の時に芸能界を引退しトマトの水耕栽培をする会社の立ち上げに参加していた
    • 石倉三郎はレオナルド熊に誘われ芸能界に復帰していた
    • 石倉三郎は35歳の時にレオナルド熊と「コント・レオナルド」を結成すると一躍脚光を浴びていた
    • 石倉三郎は39歳の時、人気絶頂の中「コント・レオナルド」を解散していた
  • 【画像】石倉三郎の若い頃(俳優復帰後)から現在までの出演ドラマ映画は?
    • 石倉三郎は39歳の時に俳優業に復帰するもお笑いタレントとして「OH!たけし」「風雲!たけし城」などにも出演していた
    • 石倉三郎は46歳の時に連続テレビ小説「ひらり」でヒロインの叔父役に抜擢され一躍全国的に知名度を上げていた
    • 石倉三郎は48歳の時に市川崑監督作品「四十七人の刺客」で重要な役どころに抜擢されていた
    • 石倉三郎は70歳の時に「つむぐもの」で映画初主演を務めていた
    • 石倉三郎の出演作品(映画)
    • 石倉三郎の出演作品(テレビドラマ)
    • 石倉三郎の受賞歴
    • 石倉三郎の著書
  • 石倉三郎のケンカ最強伝説とは?暴力団事務所に一人で乗り込んでいた!
    • 石倉三郎は暴力団の事務所に一人で乗り込んでいた
    • 石倉三郎はナイフで睾丸を切られ14針縫っていた
    • 石倉三郎は新宿で大ゲンカし頬骨と鎖骨を骨折するも翌日は映画の撮影に臨んでいた
    • 石倉三郎はビートたけしとしばしば繁華街でチンピラを脅して飲んでいた
    • 石倉三郎はヤクザに3回もスカウトされていた
    • 石倉三郎のほかに「ケンカ最強伝説」を持つ芸能人は?
  • 石倉三郎と長渕剛は家族ぐるみの交流!出会いは家族ゲームⅡでの共演!
    • 石倉三郎と長渕剛はテレビドラマ「家族ゲームⅡ」での共演で知り合っていた
    • 石倉三郎と長渕剛はテレビドラマ「親子ゲーム」での共演をきっかけに家族ぐるみの交流をするようになっていた
    • 石倉三郎は妻が経営する小料理屋「花菱」で長渕剛と志穂美悦子の結婚を祝っていた
    • 石倉三郎の妻が経営する「花菱」での出来事から長渕剛は「花菱」という歌を作っていた
    • 石倉三郎は長渕剛を「天才」だと語っていた
    • 石倉三郎は長渕剛の娘・文音とテレビドラマ「コンビニ夢物語」で共演していた
    • 石倉三郎と長渕剛の共演作品(テレビドラマ・映画)
  • 石倉三郎は病気(痛風と糖尿病)をウォーキングと休肝日で克服?現在は?
    • 石倉三郎は20歳の時から不摂生な生活を送っていた
    • 石倉三郎は60歳の時に「過剰な飲酒による痛風と糖尿病」と診断されていた
    • 石倉三郎はこのままでは痛風と糖尿病で余命6年と宣告されていた
    • 石倉三郎はウォーキングと休肝日設定で痛風と糖尿病を4ヶ月で大幅に改善させていた
    • 石倉三郎が「痛風対策」として実践していることは?
  • 石倉三郎の妻は花菱の女将!馴れ初めは?結婚後の夫婦仲は?子供は?
    • 石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との馴れ初めは?
    • 石倉三郎は妻(「花菱」の女将)の気っ風がいいところに惹かれていた
    • 石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との結婚披露宴の司会はビートたけし
    • 石倉三郎の妻(「花菱」の女将)との夫婦仲は?
    • 石倉三郎の子供は?

について、ご紹介しました。

20歳で上京すると、高倉健さんと出会い、東映の大部屋俳優となるも、理不尽なイジメに堪えかねて退社すると、その後は鳴かず飛ばずの日々が続き、一旦は、芸能界を引退するも、

再び、芸能界に戻ると、35歳で「コント・レオナルド」として一躍脚光を浴び、俳優としても、46歳の時には連続テレビ小説「ひらり」のキャベツを食べる演技が話題となり、48歳の時には市川崑監督作品に重要な役で起用され、70歳で映画初主演を果たした石倉三郎さん。

そんな石倉三郎さんは、70代後半となった現在も、オファーの絶えない俳優を目指しているそうで、まだまだ、石倉三郎さんの活躍は続きそうです。

お読みいただきありがとうございました

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