小学生の時から、童謡歌手として活躍し、16歳の時には、自身がヒロインを務めた映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」で歌謡歌手としてデビューすると、いきなり大ヒットとなった、高石かつ枝(たかいし かつえ)さん。

今回は、そんな高石かつ枝さんの、幼少期(生い立ち)、若い頃(歌手デビュー)から現在までの代表曲や経歴を時系列でご紹介します。

高石かつ枝

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高石かつ枝のプロフィール

高石かつ枝さんは、1946年7月18日生まれ、
神奈川県横須賀市の出身、

学歴は、
横須賀市立追浜中学校卒業
(高校に進学したかは不明)

ちなみに、本名は「山崎宏子」で、結婚後は「伊藤宏子」だそうです。

高石かつ枝は小学生の時から童謡歌手として活躍していた

高石かつ枝さんは、京阪追浜駅の商店街にある小さなアクセサリー店を営むお父さんのもと誕生すると、

小学生の時から、本名の「山崎宏子」名義で、童謡歌手として活躍していたそうです。

(小学校3年生の時には、学級委員をしていたという話も)

高石かつ枝は14歳の時に万城目正歌謡音楽院で歌謡曲の勉強を始めていた

そんな高石かつ枝さんは、小学5年生の時には、ファッション雑誌の少女ファッションモデルに応募すると、合格し、モデルとしても活動を始めるほか、

1960年、14歳の時には、万城目正歌謡音楽院で本格的に歌謡曲の勉強を始めたそうです。

高石かつ枝

高石かつ枝は16歳の時に映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」で歌謡歌手デビュー

そして、1962年、16歳の時には、松竹映画「愛染かつら」の再映画化に際して、ヒロインの歌手「高石かつ枝」役の募集に応募すると、見事合格。

さらには、同時に、「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」で日本コロムビアから歌手デビューも果たしたのでした。(藤原良さんとのデュエット)

ちなみに、デビュー曲「旅の夜風」の作曲者は、高石かつ枝さんが通っていた歌謡学院の万城目正さんで、これらのつながりから、「高石かつ枝」役の公募は出来レースだったとも言われています。

「旅の夜風」
「旅の夜風」

(「旅の夜風」のB面の「悲しき子守唄」は、劇中、「高石かつ枝」が看護婦から歌手へと転身した際、ステージで歌う劇中歌となっています)

高石かつ枝は17歳の時に「林檎の花咲く町」が大ヒット

また、高石かつ枝さんは、1963年、17歳の時には、東宝映画「林檎の花咲く町」で、準主役の女子高校生・池端真由美役を演じると、たちまち人気を博し、歌唱を担当した同名の主題歌も大ヒットを記録。

この年の年末には、「第14回NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たすと、この年に華々しくデビューした舟木一夫さんと共に、学生服姿(高石かつ枝さんはセーラー服姿)で登場し、大きな話題となったのでした。

「林檎の花咲く町」
「林檎の花咲く町」

高石かつ枝は17歳の時に日本クラウンに移籍していた

そんな中、高石かつ枝さんは、1964年2月、17歳の時、新興会社・日本クラウンに引き抜かれて移籍すると、以降、日本クラウンに在籍していた約1年間で、

  • 「おとめの像/花の決死隊/」
    「花の決死隊」
    「おとめの像/花の決死隊」
  • 「夢見るころ/箱根山」
  • 「赤いすももの歌/リボンと花とスラックス」
  • 「旅愁の丘/白いページの初恋日記」
    「旅愁の丘/白いページの初恋日記」
    「旅愁の丘/白いページの初恋日記」
  • 「若いその日がやってきた」 ※A面は西郷輝彦さんの「青空の下夢がいっぱい」
  • 「てんてこママさん/そんな朝でした」
  • 「そよ風デイト/雨の想い出」
  • 「銀色のバレエ」※A面は守屋浩さんの「スキーで行こう」
  • 「すずらんはあの時の花/高原の人」
    「すずらんはあの時の花/高原の人」
    「すずらんはあの時の花/高原の人」

と、数多くのシングルをリリースしています。

高石かつ枝は18歳の時に「吹原産業事件(吹原疑獄事件)」の吹原弘宣社長とのスキャンダルで日本クラウンを解雇されていた

しかし、1965年6月、18歳の時には、当時、財政界を揺るがせていた「吹原産業事件(吹原疑獄事件)」の渦中に合った吹原弘宣社長から、自宅を提供されるほか、贈与、レコード5000枚の買い取りなどを受けていたことが発覚。

高石かつ枝さんは、同年6月23日、日本クラウンから解雇され、芸能活動を自粛しています。

高石かつ枝は19歳の時に「君の名を呼ぶ/丘の上の白い校舎」で復帰していた

それでも、高石かつ枝さんは、その後、まもなく、テイチクに移籍し、1965年11月には、シングル「君の名を呼ぶ/丘の上の白い校舎」で歌手活動に復帰すると、

以降、テイチクから10枚以上のシングルをリリースしています。

「君の名を呼ぶ/丘の上の白い校舎」
「君の名を呼ぶ/丘の上の白い校舎」

高石かつ枝は22歳の時に結婚により芸能界を引退していた

その後、高石かつ枝さんは、1968年、22歳の時、住宅設備機器メーカー(現・株式会社銅富)の御曹司だった伊藤祐吉さんと結婚し、芸能界を引退しているのですが、

1980年9月、34歳の時には、シングル「女絵/返してあげる」

「女絵/返してあげる」
「女絵/返してあげる」

1984年8月、38歳の時には、「風の子守唄/まごころ」

「風の子守唄/まごころ」
「風の子守唄/まごころ」

と、それぞれ、コロムビアからシングルをリリースしています。

高石かつ枝の現在は?

その後、高石かつ枝さんの情報はなく、現在は一般人として暮らしていると思われるのですが、

2010年9月17日には、日本コロムビアから、CD-BOX「青春スター~ときめきのヒロイン~本間千代子・高石かつ枝・高田美和」が発売されています。

(高石かつ枝さんの作品に関しては、コロムビア時代の40曲が収録されているほか、未発表作品7曲が録音後47年目にして初公開されているそうです)

青春スター~ときめきのヒロイン~本間千代子・高石かつ枝・高田美和
「青春スター~ときめきのヒロイン~本間千代子・高石かつ枝・高田美和」

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高石かつ枝のその他の主なシングル一覧

それでは、最後に、高石かつ枝さんのその他の主なシングルもご紹介しましょう。

  • 1962年
    • 「乙女の夢は赤い花/アカシヤが好き」
      「乙女の夢は赤い花/アカシヤが好き」
      「乙女の夢は赤い花/アカシヤが好き」
    • 「あゝロマンスの夢の国」
    • 「愛はほとばしる」
  • 1963年
    • 「純情の丘/湖畔のホテル」
      「純情の丘/湖畔のホテル」
      「純情の丘/湖畔のホテル」
    • 「日の丸あげて」
    • 「沖縄よいとこ」
    • 「水色の風が吹く朝」
    • 「うれしい頃は花いっぱい」
    • 「オリーブの島/この花を誰に」
      「オリーブの島/この花を誰に」
      「オリーブの島/この花を誰に」
    • 「海をこえて友よきたれ」
    • 「私は言うの」
    • 「永良部百合の花/島はたのしや」
    • 「悲しみのタンゴ/小窓に咲く花」
  • 1964年
    • 「感傷日記/街かどの歌」
      「感傷日記/街かどの歌」
      「感傷日記/街かどの歌」
  • 1965年
    • 「九十九島恋しや」
    • 「南国エレジー/えらぶ小唄」
      「南国エレジー/えらぶ小唄」
      「南国エレジー/えらぶ小唄」
    • 「としごろ」
    • 「乙女の園よさようなら/お姉さんママ」
    • 「スパットリンリン」」
    • 「愛し子と共に」
    • 「ロバータさあ歩きましょう/ふるさとのロバータ」
  • 1966年
    • 「涙の日記/浪人小唄」
      「涙の日記/浪人小唄」
      「涙の日記/浪人小唄」
    • 「ここに花咲く」
    • 「大空を見つめて/カトレアの花は咲いたけど」
    • 「日傘の中の恋人/いつまでも愛して」
    • 「こっちを向いて/クリスタルラブ」
  • 1967年
    • 「ささやきのダンス/花はふたたび」
      「ささやきのダンス/花はふたたび」
      「ささやきのダンス/花はふたたび」
    • 「二人だけの二人/生命ある限り」
    • 「赤い灯の街角/灯台の町」
    • 「あの人は、あの人は/花の山脈」
    • 「涙を母校に/鳩笛吹けば」
    • 「東京駅でお別れしましょ/さよなら桟橋」
    • 「新大阪音頭/そやかて好きやねん」
  • 1968年
    • 「車いすの詩/知らなかったわ」
    • 「あなたを求めて/愛のめざめ」
      「あなたを求めて/愛のめざめ」
      「あなたを求めて/愛のめざめ」

ほか、数多くのシングルをリリースしています。

「高石かつ枝の夫・伊藤祐吉との馴れ初めは?息子は?娘は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

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