サンプラザ中野くんが激やせで病気?原因はベジタリアン?改名していた!

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1988年、12枚目のシングル「Runner」が大ヒットを記録し、一躍人気ロックバンドとなった「爆風スランプ」のヴォーカリスト、サンプラザ中野くん(サンプラザ なかのくん)。1999年にバンドが活動休止した後は、タレント、執筆、公演活動など多方面で活躍中です。




プロフィール!


中野さんは、1960年8月15日生まれ、
山梨県甲府市のご出身です。

身長181センチ、
体重74キロ、

血液型はB型、

学歴は、
早稲田大学政治経済学部政治学科除籍、

本名は、
中野 裕貴(なかの ひろたか)さん、

だそうです♪


「スーパースランプ」に参加


中野さんは、1980年に、
早稲田大学に入学されているのですが、

高校の同級生だったパッパラー河合さんが、
「スーパースランプ」というバンドに入られたことを知り、
ライブを見に行かれると、

その奇抜なパフォーマンスのかっこよさに、
感銘を受けられたそうです。

すると、次の日、電車の中で、
たまたま、そのバンドのリーダーに会い、
ヴォーカルに誘われたそうで、
「スーパースランプ」に参加。

その3ヶ月後には、中野サンプラザで開催された、
ヤマハ主催のアマチュアバンドコンテスト
「イーストウエスト」の本戦に出場されたのでした。

そんな中野さんは、音楽を始めて、わずか3ヶ月で、
大きなホールで歌を歌ったことを、

「俺は天才だ!俺にはもう音楽しかない」

と、思い込まれたそうで、

そのうち勉強しなくなり、さらには、
大学にも行かなくなってしまったのだそうです♪

(1988年には、ついに除籍となっています)

「イーストウエスト」で準優勝


それからというもの、中野さんは、
喫茶店でバイトをしつつ、

「俺はミュージシャンだから」

と、パチンコや麻雀三昧の日々を送り、
バンドの練習はほとんどしなかったそうですが、

それから1年後、再び、
同じコンテストにエントリーすると、

中野さんは、頭を剃り、
前回よりもさらに奇抜なパフォーマンスを披露し、
本戦へ出場。見事、準優勝を果たされています。

芸名の由来


そして、その打ち上げで、
自己紹介する番が回って来た時、

隣にいた女性に、

なんて言ったらウケますかね?

と尋ねたところ、

あなたの本名は中野で、
今日やったホールが中野サンプラザだから、
サンプラザ中野ですと言ったらウケると思うよ。

と言われそうで、

その通りに自己紹介すると、大いにウケ、
そのまま「サンプラザ中野」が、
芸名になったのだとか。

「爆風スランプ」結成


その後、中野さんは、1982年、
同じ「イーストウェスト」に出場しグランプリを獲得した、

バンド「爆風銃(バップガン)」のドラマーだった、
ファンキー末吉さんに誘われ、

河合さんとともに「スーパースランプ」を脱退されると、
同年「爆風スランプ」を結成。

その2年半後の1984年には、
ファーストシングル「週刊東京『少女A』」で、
CDデビューを果たされています。


「週刊東京『少女A』」

中野さんは当時を振り返り、

デビューした1984年は、
チェッカーズや松田聖子ちゃんが流行っていた時代。

ちょうどBOOWYとかバンドが出始めた時期で、
まだまだロックはぜんぜんお金にならない。

「10万枚売れるなら売ってみろ」
と言われるような時代でしたね。

と、語っておられました。

「Runner」が大ヒット!


そんな「爆風スランプ」は、当初は、
客席に向けて消化器を噴射したり、

燃料をしみこませた綿を、
頭の上に載せて火をつけるなど、
過激なパフォーマンスで人気を博していたのですが、

徐々に、強力なリズムセクションを持つ、
実力派ロックバンドとして認められていくと、

1988年には、12枚目のシングル「Runner」が、
34万枚を売り上げる大ヒットを記録!


「Runner」

実は、この頃、多忙によるストレスや、
メンバー間での方向性のズレ、さらには、
事務所サイドとのぶつかり合いなど、

様々な軋轢(あつれき)が生じたことで、
ベーシストの江川ほーじんさんが、
辞めることになったのですが、

中野さんは、

君は辞めていくと言っているけど、
皆でゴールに向かって走るよね。

との思いを込めて、
この曲を作られたそうで、

自分たちだけの私的な歌が、
なぜ、あんなに大ヒットしたのか、
いまだに、中野さんには分からないそうです。

ただ、世代を超えて、
広く愛されている歌であることから、

中野さんは、

「Runner」がこんなに売れて、広く知れ渡り有名になったので、
ラジオ体操の代わりに「Runner」の曲に合わせて、
体操をしたらどうだろうかと、ふと思い付きました。

それで、ランナー体操を考案したんです。
それを広めようと学校や事業所で、
始業前にランナー体操をやりましょうと自ら呼びかけています。

こちらのトヨタでは、毎朝「Runner」が流れているらしい、との情報です。
5年後には日本の全事業所でランナー体操をするようになると思いますよ。
YouTubeで見られるので、ぜひ皆さんもチェックしてみてください。

と、呼びかけられていました♪

活動休止とその後


そして、その後も、「爆風スランプ」は、

1989年4月「月光」
1989年7月「リゾ・ラバ」
1989年10月「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い」



など、ヒットを連発するのですが、
1990年代に入ると、次第に人気が低迷。

1999年には、ついに、
活動休止したのでした。

ちなみに、その後、中野さんは、
タレント、ラジオのパーソナリティー、雑誌の連載、
株取引関連の著書や小説の執筆など、
多方面で才能を発揮されています。


激やせは病気?原因はベジタリアン?


ところで、中野さんを「病気」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、中野さんは、1997年頃から、
急に痩せ始めたのですが、激ヤセ過ぎて、病気では、
とネット上で話題となっているのです。



ただ、これは病気ではなく、健康のために、
1日1食の生活を始められたことによるものだそうで、

さらに、2005年頃からは、
動物性食品を一切摂らない、
ベジタリアンとなられています。

実は、それまで、特に「Runner」がヒットした1988年頃は、
毎晩焼肉を食べたり、甘いものを好きなだけ食べたり、
お酒もかなり飲んでおられ、次第に体調が悪化。

そのせいかどうかは分かりませんが、
「更年期障害」も患われていたそうで、

そんな時、追い打ちをかけるように、
お父さんをガンで亡くされ、

病気は病院に行ったからといって、
治るものではないと気がつき、
健康に目覚められたのだとか。


1日1食は、本当に体に良いのか?


こうして、中野さんは、健康関連の著書を多数出版、
各地で健康についての講演会を行うなど、
芸能界でも健康オタクとして名を馳せていたのですが・・・

2015年、バラエティ番組「私の何がイケないの?」で、
「話題の1日1食は体に良いのか?」を検証するために出演されると、

なんと、大腿骨の骨年齢が、
70代後半だと診断されてしまいます!

つまり、極端な菜食主義で、
栄養が偏っていたのですね・・・

まぁでも、ご本人が、
健康だと実感されているのであれば、
問題ないでしょう♪


「私の何がイケないの?」より。

さて、いかがでしたでしょうか?

2008年には、友人のアドバイスを受けて、
芸名を「サンプラザ中野くん」に変更された中野さん。

友人から、2画増やしたほうが字画がいいと、
アドバイスを受けたことから、改名されたそうですが、

様々な分野で才能を発揮し、
成功を収められている時点で、
既に運勢はかなりいいと思うのですが・・・

まぁ、中野さんらしいと言えば、
中野さんらしいですね♪

今後のご活躍も期待しています!!



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