小松政夫は昔タモリとコンビで「笑っていいとも」の司会オファーを受けていた!


伊東四朗さんとコンビを組み、「電線音頭」で大ブレイクした、小松政夫(こまつ まさお)さんですが、タモリさんとも仲が良かったそうです。今回は、そんな小松さんとタモリさんの若い頃のエピソードをご紹介します。

「小松政夫のデビューからの出演ドラマ映画を画像で!」からの続き

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タモリとの出会い

小松さんは、放送作家の髙平哲郎さんに、

早稲田を除籍になって、今は赤塚不二夫さんのところで居候している妙に面白いヤツ

と、当時、新宿にあった、知る人ぞ知る、曲者(くせもの)業界人のたまり場だった「ジャックと豆の木」というスナックで、まだ素人だったタモリさんを紹介されたそうで、

小松さんは、髙平さんから、タモリさんも博多出身だと聞いていたそうですが、

あんたは博多ね?福岡ね?

と、タモリさんに聞いたところ、

タモリさんは、

博多です

と、答えられたそうで、

小松さんは、

いいか。博多ってのは、博多山笠に出られる場所に住んでないと博多って言えないの!よーく考えて言いな

と、タモリさんに詰め寄り、

もう一度聞くよ、あんた博多?福岡?

と、問うと、

タモリさんは、

……福岡です

と、相当凹みつつ答えられたそうです(笑)

そんなタモリさんに対し、小松さんは、

アタシの中ではタモリと武田鉄矢は博多じゃない!福岡ですよ。でもね、そうはいってもどこか近いニオイを感じてたんでしょうね。

アタシも喜劇役者を目指して東京に来たけど、コネもなけりゃツテもない、どうすりゃいいのさこのアタシ。てんで、車のセールスマンになってさ、社会人になって鍛えた話術や観察眼が、植木等のオヤジのもとで花開いたと思ってますからね。

タモリも早稲田を除籍になって、福岡戻っていろんな職場転々として、じーっとガマンして、チャンスつかんで上京して、赤塚不二夫さんのところに居候して機会を窺っていたんだよね。

と、親近感を感じたそうで、以後、二人は交流を深め、ずっと一緒にいた時期があったのだそうです。

タモリの持ちネタ「イグアナのモノマネ」の誕生秘話

ちなみに、小松さんは、

タモリのいいところはね、音感がいい、ネタをすぐ覚える、ふくらます、アレンジがうまい、すぐ自分のモノにする。とにかくね、耳がイイんだ。今思えば湧き出る泉のごとくアイデアが生まれたんだよね、タモリがいると。

と、タモリさんを高く評価されているのですが、

実際、こんな事があったそうです。

小松さんが、「クレイジーキャッツ」の谷啓さんと一緒に岩風呂に入っていた時、谷さんが、風呂場の隅の方で、目だけ光らせてじっとしているかと思っていたら、次の瞬間、「ワニ!」と言いながら、両手足を床につけて湯船にスルスルスルッと入ってきたそうで、それがとてもおもしろくて、以来、大浴場に入るたびに、2人でワニのマネをやっていたそうですが、

この話をタモリさんにアクションつきで教えたところ、タモリさんは、即座にタモリさん流の「イグアナ」にアレンジ。

以来、この「イグアナのモノマネ」は、タモリさんの持ちネタとなってしまったそうで、

元ネタより面白いから参っちゃうよね

と、小松さんはおっしゃっていました。


1984年、イグアナのモノマネをするタモリさん。

タモリが小松政夫の赤ん坊にまたがって・・・

また、小松さんは、1970年代に放送されたテレビドラマ「前略おふくろ様」で、桃井かおりさんと共演されると、その後も、何度か共演する機会があり、

いつしか、桃井さんは、(当時、芸能人のたまり場となっていた)小松さんの家の常連客となっていたそうで、小松さんに子どもが誕生した時には、出産祝いとして、ゆりかごをプレゼントしてくれたそうですが、

ちょうどその時、タモリさんも家に遊びに来ていたそうで、

タモリさんは、

じゃあワタシは子どもをあやします

と、おもむろにズボンを脱ぐと、なんと、赤ちゃんにまたがり、

ほら、ガラガラ~

と、赤ちゃんの顔の上で腰を振ったというのです。

これには、小松さんも桃井さんもひっくり返って大笑いしたそうで、当時、自由奔放でいい加減でマイペースな女性として売り出していた桃井さんも、タモリさんのこのネタ?には、平静でいられなかったそうです(笑)

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「笑っていいとも」の司会は小松政夫とタモリのコンビの予定だった

そんな、イロモノ色の強かったタモリさんを一躍有名にしたのが、「笑っていいとも」なのですが、

実は、1982年、お昼の番組「笑っていいとも」がスタートするにあたり、当初、司会は、小松さんとタモリさんのコンビで企画が進められていたのだそうです。

ただ、小松さんは、フジテレビのプロデューサー横澤彪さんから、

タモリさんとのコンビでどうですか

と、「笑っていいとも」の出演オファーを受けるも、

条件を聞くと、横澤さんが、

月曜から金曜まで、朝の10時入りです

と、答えられたことから、

当時、ゴルフに夢中だった小松さんは、

ゴルフ行けなくなっちゃうなぁ

と、このオファーを断ってしまったのだそうです。

小松さんは、

当時のアタシはゴルフに夢中で、その頃タモリはゴルフをやらなかったんだよね。長ーい目で見たら「笑っていいとも!」があんな番組になって。タモリが国民的人気になるなんてね、なんか不思議だよね。

と、語っておられましたが、内心、どんな思いだったのでしょう・・・

「小松政夫の妻は?息子は?自宅近くで接触事故を起こしていた!」に続く

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