「日本電建」「TBS」の仕事を掛け持ちするも、テレビ普及率が高まり、掛け持ちでの仕事が猛烈に忙しくなっていた、石井ふく子(いしい ふくこ)さん。そんな中、お世話になった「日本電建」の社長が他界します。

「石井ふく子の若い頃のTBSと日本電建の掛け持ち勤務が凄すぎる!」からの続き

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平尾社長の死去とお家騒動で「日本電建」退職を決断

テレビ普及率が高まったことで、次第に「TBS」にいる時間が長くなり、「日本電建」の仕事にも支障をきたすようになっていた石井さんですが、「日本電建」の平尾社長には恩を感じていたことから、二足のわらじ状態を続けていたのですが、

そんな中、その平尾社長が他界すると、さらには、「日本電建」でお家騒動が勃発し、社内環境が激変したそうで、石井さんは、ここが潮時と、1961年、35歳の時、「日本電建」を退職。正式に「TBS」の社員となられます。

「TBS」のプロデューサーとして数多くのホームドラマを制作

すると、当初は、「忍ぶ川」などの文芸作品を扱うこともあったそうですが、

1965~1980年「女と味噌汁」
1966~1978年「天国の父ちゃんこんにちは」
1968~1972年「肝っ玉かあさん」
1970年「カミさんと私」
1970~1975年「ありがとう」


「女と味噌汁」より。(左から)池内淳子さん、久松保夫さん、結城美栄子さん、長山藍子さん。

1970~1974年「下町の女」
1974~1993年「おんなの家」
1975年「はじめまして」
1976~1984年「ぼくの妹に」
1977年「家族」


「おんなの家」より。(左から)奈良岡朋子さん、杉村春子さん、山岡久乃さん。

1978~1979年「道」
1979~1980年「愛」
1980~1981年「心」
1981年「出会い」
1990~2011年「渡る世間は鬼ばかり」


「渡る世間は鬼ばかり」より。(左から)岡本信人さん、中島唱子さん、泉ピン子さん、村田雄浩さん、角野卓造さん。

など、数々のホームドラマを制作。

中でも、「渡る世間は鬼ばかり」は、1990年~2011年まで続く長寿番組となり、国民的な人気を博しているのですが、

石井さんは、著書「お蔭さまで」で、

殺人もなく、不倫もなく・・・ごく普通の人たちのありふれた生活を通して、人生の機微を、人間の喜びや悲しさを、可笑しさや辛さを描きながら、視聴者の人たちにどう感動してもらえるだろうかと(中略)家族や家庭というのは、それ自体、大きな社会ドラマなのだ

と、ほぼ一貫して「家族」にこだわったドラマを作り続けてきた理由について記されています。


お蔭さまで

「TBS」を一旦退職していた!その理由とは?

ところで、石井さんは、1979年、48歳の時、一度、「TBS」を退社されたことがあったそうです。

実は、石井さんの義父・伊志井寛さんが他界した際、伊志井さんが石井さんのお母さんと結婚する前に認知した実子が、突如、遺産相続の分配を求めて名乗りを上げたそうで、

伊志井さんの主な遺産は、石井さんのお母さんと暮らしていた赤坂の家だったことから、この家を売って、相応の遺産分けをしなければならなかったそうですが、そうすると、お母さんが家から出ていかなければならなかったため、

石井さんは、

父と母が住んでいた思い出深い家を売るわけにはいかない

と、決心。

ただ、家を売ること以外に、遺産分けの現金を用意することは難しかったことから、「TBS」を退職して、その退職金と(不足分は)フリーになった後の仕事で支払おうと考えられたのでした。

(実際、他局から仕事のオファーが来ていたため、アテはあったそうです)

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「TBS」の専属プロデューサーに

ただ、石井さんが、社長室を訪ねて、退職したい旨を社長に伝えると、

(この時の社長は、石井さんを「TBS」に誘ってくれた、諏訪博さんだったそうです)

諏訪社長は、

いまの身分に不満か

と、尋ねられたそうで、

石井さんは、

違います。実は・・

と、事情を包み隠さず、すべて告白。

すると、諏訪社長は、

そうかい、伊志井先生なら、それくらいのことはあるだろう

と、すぐに事情を理解されたそうで、

会社の決まりで社員にお金は貸せないが、一旦辞めて、改めてTBSの専属プロデューサーとして契約して、その契約金を払おう

と、退職金と新たな契約金で、遺産分けのお金を用立てようと、提案してくれたのだそうです。

そして、その条件として、他局でやることは一切禁じられたそうですが、もともと、積極的に他局でやりたいとは思っておらず、事情が許せば、慣れ親しんだTBSでやりたいと思っていた石井さんは、

わかりました。ありがとうございます

と、感激し、深々と頭を下げたそうで、石井さんは、その後、「TBS」と5年間の専属契約を交わされたのでした。

(以来、契約は更新され続け、現在も「TBS」のプロデューサーとして活躍されているのは、周知のとおりです。)

「石井ふく子のデビューからのプロデュースドラマと演出舞台を画像で!」に続く

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