小田和正の初映画監督作品「いつかどこかで」の評価は散々だった!


1991年、テレビドラマ「東京ラブ・ストーリー」のために書き下ろした6枚目のソロシングル「ラブ・ストーリーは突然に」が、270万枚を売り上げる大ヒットとなった、小田和正(おだ かずまさ)さんは、その後も、ヒットメーカーとして数多くのドラマの主題歌やCMソングを手掛けると、次々とヒットさせているのですが、1991年に監督・脚本・音楽を務めた「いつか どこかで」の評価は散々だったといいます。

「小田和正は昔「ラブ・ストーリーは突然に」が200万枚超の大ヒット!」からの続き

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ヒットメーカーとしてドラマの主題歌やCMソングの依頼が殺到していた

それまで、「オフコース」のリーダー兼リードヴォーカルとしてしか知られていなかった小田さんですが、テレビドラマ「東京ラブ・ストーリー」のために書き下ろした「ラブ・ストーリーは突然に」が270万枚を売上げたことで、ドラマの主題歌やCMソングの依頼が殺到したそうで、数々の楽曲を制作すると、

「伝えたいことがあるんだ」(1997年7月)(テレビドラマ「最後の恋」の主題歌)


最後の恋

「キラキラ」(2002年2月)(テレビドラマ「恋ノチカラ」の主題歌)


恋ノチカラ

「まっ白」(2004年2月)(テレビドラマ「それは、突然、嵐のように・・・」の主題歌)


それは、突然、嵐のように・・・

など、次々とヒットを飛ばしています。

ソロになってからは他のアーティストとも積極的に交流

また、小田さんは、「オフコース」の時は、周囲をいっさい拒絶していたことから、「オフコース城みたいなお城を」と皮肉っぽく言われることもあったそうですが、

ソロになってからは、他のアーティストとも積極的に交流するなど、つながりを持つようになったそうで、鈴木雅之さん、中村雅俊さん、島倉千代子さん、松たか子さんらの楽曲を全面的にプロデュースするほか、

ASKAさん、佐藤竹善さん、スキマスイッチらともコラボレーションし、2001年から始まった年末の音楽番組「クリスマスの約束」では、スターダスト・レビューの根本要さん、スキマスイッチ、いきものがかりの水野良樹さんなど、世代を越えたアーティストたちと共演しています。

映画「いつか どこかで」を制作するも・・・

そんな小田さんは、中学生の時、映画「ティファニーで朝食を」を観て、その主題歌「ムーン・リバー」を聴き、いい音楽だなと思ったと同時に、映画にこんなふうに音楽をつける仕事ができたら楽しいだろうなと思っていたことから、1992年には、映画「いつか どこかで」で、監督・脚本・音楽を務めており、

いろいろなものを書いたりして、それを合わせてこういうふうにするっていう作業が好きだったから、そういう準備をするのは苦ではなかったね。

と、語っているのですが・・・

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映画「いつか どこかで」の評価は散々だった

現場のスタッフは個性が強く、映画に対して思い入れの強い人が多かったことから、なかなか厳しかったそうで、(しっかりと下準備はしていたものの)キャストの津川雅彦さんに演技指導をしていると、「おまえが演技指導なんて、どの面(ツラ)下げてやるんだ」というような雰囲気になったほか、

スタッフにも、「こいつ、なにもないな」と思われていることが、態度や視線からありありと感じたそうで(小田さん自身も自覚していたそうですが)、現場がだんだん辛くなっていったそうです。

そして、やっとの思いで映画を完成させた後も、評論家らにはいろいろと言いたいことを言われ、評価は散々だったそうで、自分の人格を完全に否定されたうえ、「おまえは一体何者だ」と言われているような気がしたのだそうです。

(とはいえ、Amazonでの評価は非常に高いです)


いつか どこかで

「小田和正はドキュメントで青木功から本気で怒られていた!」に続く


いつか どこかで

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